愛らしい纏足
そんなことを思い出したり、愚にもつかないような無駄話をしているうちに料理が運ばれてきた。
大きな図体をした男が律儀に両手を合わせて、いただきます、などと言っているのがおかしい。
「でもさ、一緒に住むって言っても、オフシーズンが終わったらほとんど家にいられないんじゃないの」
味噌汁をすすりながらそう尋ねると、榛名は焼き魚と格闘しながら答えた。
「あー? まあ、そうだけどっ、やっぱ帰る家に好きなやつがいるってのは、特別」
「ふーん、そういうもんか」
「お前も早く、……くそっ、誰かいい女見つけろよ」
「大きなお世話だっつの。っていうか、榛名、魚食うの下手すぎ」
榛名が手を付けた魚は、見るも無残な状態になっていた。何をどうすればそこまでぐちゃぐちゃに出来るというのだろう。
「あー、もう! タカヤがいねーからいけねー!」
とうとう癇癪を起こした榛名は、魚を諦めてご飯を掻き込みはじめる。
「……そんなことまでやってもらってんの?」
「だって俺食うの下手だし。タカヤがやったほうが上手いし」
当然の顔をして榛名は言った。まるきりおかしな理屈というわけではない。だが、秋丸の違和感は更に強まっていった。
そのまま、自分がいかに阿部に愛されているか、いかに大事にされているかを語り続ける榛名の話を聞きながら、二人は食事を終えた。
榛名の膳には、身が散らかされた魚がそのままに残っている。
「あ、雨」
ふと窓の外に目をやった秋丸が呟くと、榛名は露骨にげえっという呻きをあげた。
「俺、傘もってねー」
「あー、俺も。どうしようかな。通り雨かもしれないし、止むまで待つ?」
秋丸の問いに、榛名はんー、と短い唸りだけで返して、ポケットから携帯電話を取り出した。長い呼び出し音がうっすらと向かいの秋丸の席にも響いてくる。
しばらくして、ようやくつながったらしく、相手の声が受話器越しに何ごとか言っているのが耳に届いた。
「なー、迎えに来て」
榛名の第一声はそれだった。
「駅前のファミレス」
球団関係者にでも連絡しているのだろうか? しかし、二軍選手の榛名の足代わりを勤めてくれるものがいるという話は聞いていない。
「外、雨だし」
余程親しい相手なのだろう。いつも以上に言葉が短い。
「えー。……わかった、わかったよ。じゃあそれで、頼んだ」
そこで通話は終わった。誰にかけていたんだ、と秋丸が目で問うと、榛名は事も無げに答えた。
「あ? タカヤ。迎えに来るのは無理だから、タクシー呼んでくれるって」
さすがにこれは秋丸も目を丸くした。
「タカヤ君って……、大学生だろ? 今日も授業あるんじゃ」
「なんか朝、きゅーこーになったって言ってた。でも、その分野球部の練習すっから来るのは駄目だって」
「それにしたって……」
それにしても、わざわざタクシーの手配までするものだろうか?
榛名は当たり前の顔で受け止めているが、秋丸はどこかうすら寒い感覚を味わっていた。榛名は成人した立派な大人だ。自分の面倒くらい自分で見れるし、現に少し前まではそうしてきたはずだ。
さほど待たずに店先にタクシーが到着する。榛名の周りを、まるで見えざる手でタカヤが覆っているようだ。
秋丸は尋ねた。
「なあ、榛名。お前それでいいの?」
榛名は何を言われたのか分からない様子だった。
「何、言ってんだ? ほら、さっさと乗るぞ」
タカヤの用意した車に榛名は乗り込んでいった。
秋丸は、ぐずぐずと足元をしめらせて行く雨粒の跳ね返りを受けながら、ひどく足が重い、と感じていた。