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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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追々。

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もときさん、もときさん、と呼ばれた。
 目を開けるとタカヤがいる。
 なぜか榛名にとっては見慣れた武蔵野の練習着を身につけていて、その見慣れない姿に榛名は驚いて一気に目が覚めた。
 タカヤに武蔵野のユニフォームを着せたことはある。もう少し正確に言うと、タカヤに武蔵野のユニフォームを着せてヤったことはある。
 試合用の大事なユニフォームを、なんてタカヤがごねるので、榛名は嫌がるポイントそこかよ、と笑ってしまった。
 もう小さくなって着なくなったやつだから、と言うとしぶしぶ了承したが、そのあとちょっとムッとした顔になったのも覚えている。
 榛名にとって小さくなってしまったものでさえ、タカヤには大きかったからだ。
 こういう関係になっても、タカヤが榛名と男として張り合う気持ちを持ち続けているのが、可愛い、と榛名は思う。
 ともあれ、榛名はびっくりしていた。試合用のものではなく、普段の練習着を来たタカヤなど見たことがないはずだ。
 しかし、タカヤは当然の顔をしてそこにいた。武蔵野高校のグラウンドに。
「なんで、お前ここにいんの」
 榛名の疑問も当然のもののはずだったが、タカヤは思い切り馬鹿なことを聞かれた、という顔をした。
「なんでって、そりゃ、あんたと投球練習するためでしょ」
「なんで俺とお前が投球練習すんの」
 だって、と榛名は思う。だって、お前、武蔵野には来なかったじゃないか。
「……元希さん、大丈夫ですか? それとも、新しいいじわるかなんかですか?」
「なにがだよ!」
「俺があんたのキャッチだからでしょ。次の試合では、試しにフルであんたと俺で組んでみるってこないだのミーティングで決めたじゃないですか」
 タカヤのいう「こないだ」が榛名には思い出せなかった。
 けれども、あんまり普通にタカヤがそういうので、そうだったかな、なんて思えてくる。
「お? おー……」
「分かったらさっさと、立って下さい。時間無駄にできねえんですから」
 ギラっとした光をその瞬間、榛名はタカヤの目に見た。野心にあふれた目だ。
「あんたの球を取れるのが、正捕手でしょ。俺、本気でレギュラー狙ってますから」
 それを聞いて、榛名は思い出した。そうだ、今タカヤは武蔵野にいて、秋丸と正捕手争いをしてるんだった。
 次の連戦の練習試合で秋丸とタカヤにそれぞれ組ませて、どっちが正捕手になるか決めるってミーティングで話したんだった。
 榛名の胸にぐわっと興奮が押し寄せる。タカヤは榛名の心に火をつけるのがうまい。
「ん」
「……なんです、この手」
「ひっぱって」
 立たせて、と榛名が片手を伸ばすと、タカヤは呆れたようにそれを見下ろした。
「子どもですか、あんたは」
 そう言いながらも律儀に手を掴んでくる。そのタカヤを、榛名はぐいと引き寄せた。
 うわ、と頓狂な声を上げてタカヤが倒れ掛かってくる。それをがっちりと受け止めてから、榛名は笑った。
「投手を支えんのが捕手の役目だろ」
「……っ」
「逆になってどーすんだよ」
 タカヤの表情がかっと悔しさに染まって、それがたまらなく気持ちいいと榛名は思う。
 そうだった。いつもこの顔をさせたかった。いつも届かないと思わせたかった。いつでも、タカヤの前に立ってタカヤが追いかけて来るのが気持ちよかった。
「倒れてやったんですよ! 投手の機嫌取るのも捕手の役目でしょ!」
「おー、それはそれは」
「馬鹿やってないで、早く行きますよ!」
 タカヤは今度こそ榛名を強く掴んで立たせた。それから返事も聞かずにブルペンへと走っていく。
 防具ががちゃがちゃとこすれ合う音が聞こえて、独特のリズムを刻んで遠ざかる。
 榛名はそれを耳にしながらのんびりと足を進めた。歩いた。投球練習場へ向かった。
 けれども、音は遠ざかっていく。あれ、と思ううちに聞こえなくなり、ぐにゃりと視界が歪んで、代わりに別の、けたたましいベルの音が鼓膜を叩いた。
作品名:追々。 作家名:玉木 たまえ