【東方】夢幻の境界【一章(Part1)】
この世界には、妖怪や妖精、神霊などの存在がいる。
もちろんそれらの存在はどこにでもいるわけではない。
『幻想郷』と呼ばれる、山間の一部の土地にのみいるのだ。
そんな小さな空間を何故ひとつの世界として見るのかというと、それには大きな理由がある。
幻想郷はふたつの大きな結界によって外界から隔離されているのだ。完全に外界から隔離され認識すらできないのだから、それはもうひとつの世界と呼べるだろう。
ひとつは『幻と実体の境界』と呼ばれ、この結界によって外界で忘れ去られ、幻となった生物や道具が幻想郷に流れ込むようになっているのだ。そのため、幻想郷では外界で力を失った妖怪たちが集まるようになった。
そしてもうひとつは『博麗大結界』と呼ばれる常識の結界である。
これは幻想郷を『非常識の内側』とすることにより、外界の幻想を否定する力を利用して幻想郷を保つという、論理的な結界である。
当然これほど強大な結界を支えるには、これらを管理できるものがいる。
『幻と実体の境界』は、現在の幻想郷の創造に立ち会い、ふたつの結界を造った張本人である、八雲紫という妖怪である。彼女は千年以上も生き、この幻想郷を守り続けている――実際は、彼女の式神である八雲藍という九尾の狐の妖怪が管理しているのだが。
『博麗大結界』は、代々博麗の巫女が博麗神社に住みながら管理しており、現在の巫女である博麗霊夢も、先代から受け継いだ神社を守りながら結界の管理を続けている。
もっとも、管理といえるほどのことはしておらず、結界が緩んでいないか見張っているだけである。しかも神社でありながら、霊夢を慕う妖怪たちが集まるせいで人間たちはほとんど近寄らなくなってしまっている。そのため信仰は雀の涙ほども集まらず、お賽銭は言わずもがなである。お賽銭が期待でいない以上、別の方法で収入を得るしかなく、霊夢は幻想郷で起こる異変の解決を生業としている。
ただ、最近では異変と呼べるほどのものは起こっておらず、一番の収入源を断たれた博麗神社は深刻な財政難に陥っていた。
「……お腹すいた」
財政難による食料不足でまともな朝食すら食べれずにいた霊夢は、縁側に座ってお茶をすすりながらそんなことを呟いた。
小鳥のさえずりを聞きながらのんびりとお茶を飲む――そんな誰もが羨むような生活を腹の虫が台無しにするものだから、霊夢は特に感慨に浸ることなく空を見つめるばかりだった。
このまま空腹を耐え続けるくらいなら、もう一度布団に包まって寝てしまおうか、とも思う。
12月にもなると朝は屋内の空気も冷え切っており、布団の温もりにはなかなか捨てがたいものがある。
そんなことを考えながら空を仰いでいると、突如霊夢の隣の空間が裂けた。
裂け目からは無数の眼光が見え、全てを飲み込みそうな、そんな不気味さを持っている。
普通の人間が見れば愕然とする光景も、霊夢にとってはもはや見慣れたものだった。
「何か用? 紫」
霊夢が呼びかけると、空間の裂け目から一人の女性が現れた。
それはもはや理解の範疇を超える有様だった。が、この幻想郷をよく知るものなら、この不可解な現象も納得できる。
幻想郷に生きる人間や妖怪たちは、それぞれ特殊な能力を持っている。
この世の道理では測れぬそれは、ここでは日常的に使われている。そのため、初めて見たものなら驚きはすれど、理解できぬほどのことではないのだ。
ただし、彼女――八雲紫の能力は、そんな幻想郷に生きる者たちでも理解するには強力に過ぎるものではあるのだが。
『境界を操る程度の能力』――境界と名の付くもの全てを操ることのできるこの能力は、神に匹敵する力とも言われており、物理的なものから概念的なものまで、あらゆる存在の境界を操ることができるのだ。
いま紫が出てきた空間の裂け目はスキマと呼ばれ、ふたつの空間の境界を操り、本来存在するはず距離を”無くした”のだ。
紫は意味もなくにやにや笑いながら霊夢の前に姿を現すと、「ごきげんよう」などと言ってきた。
霊夢は返事をするのも嫌になり、まだ僅かに湯気の立つお茶を飲んだ。
そんな霊夢の素っ気ない反応など意にも介さず、紫は霊夢に話しかけた。
「相変わらずこの神社は食料不足なのね。私が何か恵んであげましょうか?」
どうして博麗神社の食料事情を知っているのか、などと聞く必要はない。
紫が現れてからも、霊夢の腹の虫は鳴り続けているのだ。紫でなくてもそれなりの勘は働くというものだ。
「結構よ。あんたなんかに恵まれるぐらいなら餓死したほうがましよ」
そう言い放つと、霊夢はわざとらしくそっぽを向いた。
あんまりな物言いだが、それがただの強がりだということは明白だった。
霊夢との付き合いが長い紫には、霊夢がどう言い返してくるか分かっていたのだろう。紫は霊夢の横顔を見ながらくすくすと笑っていた。
しかし、霊夢は何度繰り返したかも分からないこのやり取りに、いい加減飽きはじめていた。
何か紫が悔しがるようなことでも言ってやりたいところだが、そんなことを言えるような状況ではないので、もっと別の方法でこのありきたりな空気を打開することにした。
「まぁ、たまにはお言葉に甘えてもいいかもね」
いつも突っぱねた態度をとっているのだ、反撃には充分だろう。
どんな顔をしているのだろうか。そんな期待を抱きながら、ちらっと紫の顔を窺い見た。
だが、紫の反応は霊夢の予想の斜め上のものだった。
「嫌よ」
思わず手に持っていた湯呑を落としそうになり、慌ててそれを支えた。
まさかそんなことを言われるとは思っていなかった霊夢は、湯呑を支えた姿勢のまま紫の顔を凝視し、口をぱくぱくとさせる。
「あんたから言ってきたんでしょ」とか「じゃあなんで言ったのよ」とか、言いたいことはあるのに、口がうまく動かない。
紫を驚かすために意地を捨てて甘えた霊夢としては、紫の発言は許しがたいものだった。
「な、あんた……どういうことよそれ! 先に言ったのはあんただし、そ、それに、私があんたに頼みごとしてるのよ?」
どもりながらもなんとか言い返してみたが、紫は依然笑ったままこんなことを言った。
「たしかに霊夢が私にあんなことを言うのは初めてね。でもそんな霊夢はつまらないわ」
その言葉に腹が立つのを通り越して呆れ果ててしまった。
ただ、呆れたのは紫の発言にではなく、それを予想できなかった自分に対してだ。
紫が子供じみた悪戯をしたり、からかってきたのは今回だけではないのだから、そのことを考えれば容易に想像できたはずなのだ。
空腹で頭が働いていなかったと言えばそれまでだが、紫にしてやられたという感が否めないのもまた事実である。
もはや言い返す気力すらなくなった霊夢は深くため息をついてうなだれた。
その様すら予想の範囲内だったのか、霊夢から顔は見えていないが紫が笑っているのは分かった。
「そんなに落ち込まないでよ。そうだ。久しぶりに宴会でもやりましょ。材料を持参させればタダで御馳走が食べれるわよ?」
霊夢の知り合いには宴会好きのものが多い。何かにつけて宴会を開いては、後片付けもせずに帰って行くのだ。
もちろんそれらの存在はどこにでもいるわけではない。
『幻想郷』と呼ばれる、山間の一部の土地にのみいるのだ。
そんな小さな空間を何故ひとつの世界として見るのかというと、それには大きな理由がある。
幻想郷はふたつの大きな結界によって外界から隔離されているのだ。完全に外界から隔離され認識すらできないのだから、それはもうひとつの世界と呼べるだろう。
ひとつは『幻と実体の境界』と呼ばれ、この結界によって外界で忘れ去られ、幻となった生物や道具が幻想郷に流れ込むようになっているのだ。そのため、幻想郷では外界で力を失った妖怪たちが集まるようになった。
そしてもうひとつは『博麗大結界』と呼ばれる常識の結界である。
これは幻想郷を『非常識の内側』とすることにより、外界の幻想を否定する力を利用して幻想郷を保つという、論理的な結界である。
当然これほど強大な結界を支えるには、これらを管理できるものがいる。
『幻と実体の境界』は、現在の幻想郷の創造に立ち会い、ふたつの結界を造った張本人である、八雲紫という妖怪である。彼女は千年以上も生き、この幻想郷を守り続けている――実際は、彼女の式神である八雲藍という九尾の狐の妖怪が管理しているのだが。
『博麗大結界』は、代々博麗の巫女が博麗神社に住みながら管理しており、現在の巫女である博麗霊夢も、先代から受け継いだ神社を守りながら結界の管理を続けている。
もっとも、管理といえるほどのことはしておらず、結界が緩んでいないか見張っているだけである。しかも神社でありながら、霊夢を慕う妖怪たちが集まるせいで人間たちはほとんど近寄らなくなってしまっている。そのため信仰は雀の涙ほども集まらず、お賽銭は言わずもがなである。お賽銭が期待でいない以上、別の方法で収入を得るしかなく、霊夢は幻想郷で起こる異変の解決を生業としている。
ただ、最近では異変と呼べるほどのものは起こっておらず、一番の収入源を断たれた博麗神社は深刻な財政難に陥っていた。
「……お腹すいた」
財政難による食料不足でまともな朝食すら食べれずにいた霊夢は、縁側に座ってお茶をすすりながらそんなことを呟いた。
小鳥のさえずりを聞きながらのんびりとお茶を飲む――そんな誰もが羨むような生活を腹の虫が台無しにするものだから、霊夢は特に感慨に浸ることなく空を見つめるばかりだった。
このまま空腹を耐え続けるくらいなら、もう一度布団に包まって寝てしまおうか、とも思う。
12月にもなると朝は屋内の空気も冷え切っており、布団の温もりにはなかなか捨てがたいものがある。
そんなことを考えながら空を仰いでいると、突如霊夢の隣の空間が裂けた。
裂け目からは無数の眼光が見え、全てを飲み込みそうな、そんな不気味さを持っている。
普通の人間が見れば愕然とする光景も、霊夢にとってはもはや見慣れたものだった。
「何か用? 紫」
霊夢が呼びかけると、空間の裂け目から一人の女性が現れた。
それはもはや理解の範疇を超える有様だった。が、この幻想郷をよく知るものなら、この不可解な現象も納得できる。
幻想郷に生きる人間や妖怪たちは、それぞれ特殊な能力を持っている。
この世の道理では測れぬそれは、ここでは日常的に使われている。そのため、初めて見たものなら驚きはすれど、理解できぬほどのことではないのだ。
ただし、彼女――八雲紫の能力は、そんな幻想郷に生きる者たちでも理解するには強力に過ぎるものではあるのだが。
『境界を操る程度の能力』――境界と名の付くもの全てを操ることのできるこの能力は、神に匹敵する力とも言われており、物理的なものから概念的なものまで、あらゆる存在の境界を操ることができるのだ。
いま紫が出てきた空間の裂け目はスキマと呼ばれ、ふたつの空間の境界を操り、本来存在するはず距離を”無くした”のだ。
紫は意味もなくにやにや笑いながら霊夢の前に姿を現すと、「ごきげんよう」などと言ってきた。
霊夢は返事をするのも嫌になり、まだ僅かに湯気の立つお茶を飲んだ。
そんな霊夢の素っ気ない反応など意にも介さず、紫は霊夢に話しかけた。
「相変わらずこの神社は食料不足なのね。私が何か恵んであげましょうか?」
どうして博麗神社の食料事情を知っているのか、などと聞く必要はない。
紫が現れてからも、霊夢の腹の虫は鳴り続けているのだ。紫でなくてもそれなりの勘は働くというものだ。
「結構よ。あんたなんかに恵まれるぐらいなら餓死したほうがましよ」
そう言い放つと、霊夢はわざとらしくそっぽを向いた。
あんまりな物言いだが、それがただの強がりだということは明白だった。
霊夢との付き合いが長い紫には、霊夢がどう言い返してくるか分かっていたのだろう。紫は霊夢の横顔を見ながらくすくすと笑っていた。
しかし、霊夢は何度繰り返したかも分からないこのやり取りに、いい加減飽きはじめていた。
何か紫が悔しがるようなことでも言ってやりたいところだが、そんなことを言えるような状況ではないので、もっと別の方法でこのありきたりな空気を打開することにした。
「まぁ、たまにはお言葉に甘えてもいいかもね」
いつも突っぱねた態度をとっているのだ、反撃には充分だろう。
どんな顔をしているのだろうか。そんな期待を抱きながら、ちらっと紫の顔を窺い見た。
だが、紫の反応は霊夢の予想の斜め上のものだった。
「嫌よ」
思わず手に持っていた湯呑を落としそうになり、慌ててそれを支えた。
まさかそんなことを言われるとは思っていなかった霊夢は、湯呑を支えた姿勢のまま紫の顔を凝視し、口をぱくぱくとさせる。
「あんたから言ってきたんでしょ」とか「じゃあなんで言ったのよ」とか、言いたいことはあるのに、口がうまく動かない。
紫を驚かすために意地を捨てて甘えた霊夢としては、紫の発言は許しがたいものだった。
「な、あんた……どういうことよそれ! 先に言ったのはあんただし、そ、それに、私があんたに頼みごとしてるのよ?」
どもりながらもなんとか言い返してみたが、紫は依然笑ったままこんなことを言った。
「たしかに霊夢が私にあんなことを言うのは初めてね。でもそんな霊夢はつまらないわ」
その言葉に腹が立つのを通り越して呆れ果ててしまった。
ただ、呆れたのは紫の発言にではなく、それを予想できなかった自分に対してだ。
紫が子供じみた悪戯をしたり、からかってきたのは今回だけではないのだから、そのことを考えれば容易に想像できたはずなのだ。
空腹で頭が働いていなかったと言えばそれまでだが、紫にしてやられたという感が否めないのもまた事実である。
もはや言い返す気力すらなくなった霊夢は深くため息をついてうなだれた。
その様すら予想の範囲内だったのか、霊夢から顔は見えていないが紫が笑っているのは分かった。
「そんなに落ち込まないでよ。そうだ。久しぶりに宴会でもやりましょ。材料を持参させればタダで御馳走が食べれるわよ?」
霊夢の知り合いには宴会好きのものが多い。何かにつけて宴会を開いては、後片付けもせずに帰って行くのだ。
作品名:【東方】夢幻の境界【一章(Part1)】 作家名:LUNA