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【東方】夢幻の境界【一章(Part2)】

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 かすかに感じるだけなのは、魔法を使っていない時は無駄な魔力が漏れ出さないようにしているからだ。
 ただ、不思議なのはもうひとつ強い力を感じることだ。
 しかもそれは魔力とは違う、妖怪の持つ特殊な力――妖力なのだ。それも隠し切れないほど強大な。
 ここに自分以外の客人が来るのは珍しいことなので一瞬と惑ったが、落ち着いてみれば、それは魔理沙がよく知るものだということはすぐに分かった。
 もう一度ノックしようかと思ったが、先ほどのノックが聞こえていないはずがないだろうと思い、魔理沙は躊躇なく洋館の扉を開けた。
 洋館の外見とは違い、リビングにはアンティークの類はほとんどなく、質素な家具がいくつか置いてある程度だ。
 部屋の中央には丸型のテーブルがあり、それを挟む形で椅子が二脚並べてある。
 魔理沙はここに来るたび、薦められてもいないのにその椅子に座ってはお茶をたかったりしている。
 しかしその椅子も、いまはなんの意味もなしていなかった。
 洋館の主とその客人は椅子に座らず、なぜか部屋の奥に立っていたのだ。
 二人は返事もしていないのに魔理沙が入ってきたことに何の驚きもせず、ただ一瞥するだけですぐに顔を見合わせていた。
 魔理沙は少しむっとしたが表には出さず、箒を扉の横に立てかけてから二人に近づいた。
「よぉアリス。それと珍しいな、紫がここにいるなんて」
 そう言って魔理沙は右手を少し上げて挨拶の代わりにした。
 洋館の主――アリス・マーガトロイドは再び魔理沙を見ると、目だけをこちらに向けて隣で魔理沙を横目で見ている紫に何事か呟いた。
 ただ、魔理沙にはアリスの口の動きが見えただけで、声は一切聞こえていなかった。
 おそらく魔法で魔理沙に聞こえないようにしているのだろう。
 何を話していたのか気になったが、それ以上に気がかりなのは二人の態度だ。
 あきらかにこちらを警戒している。
 今度こそ魔理沙は眉を顰めたが、すぐに自分の勘違いに気が付いた。
 さっきは二人が魔理沙を警戒しているとばかり思っていたが、そうではない。
 二人の目は少し困ったような色を帯びていたのだ。
「なんだよ。どうかしたのか?」
「いえ、ちょっと宴会の話をしてたのよ」
 口元を少しだけ笑みの形にしながらアリスが答えた。
「宴会の話? ならなんで私に聞こえないようにするんだよ」
「紫と二人だけで企画してたのよ」
 そう言ってアリスは紫の顔を見た。紫はわずかに目を見開くと、すぐにいつもの胡散臭そうな笑みを浮かべながら「えぇ」と言いながら頷いた。
 だが、アリスの発言が嘘であることくらい魔理沙にだって分かる。
 しかし今それを問うたところで、満足のいく答えを得られるとは思えない。それに深追いしてアリスの機嫌を失えば、わざわざここに来た意味がなくなってしまう。
 アリスと紫の態度や発言は気になるが、今は棚に上げておくことにする。
「……そうか、とりあえず明日はやめてくれよ。ちょっとやりたいことがあるんだ」
 自宅を出るときからずっと持ち続けていた袋を持ち上げながら言った。
 アリスと紫はきょとんとした顔をしたが、アリスはすぐに合点がいったらしい。
「あぁ、実験の手伝いを頼みに来たのね」
 アリスには何度か魔法の実験で世話になっている。
 魔理沙が見せた袋を一目見ただけで、魔理沙がこんな時間に訪ねてきた理由に気づいたようだ。
 二人のやり取りを見て、紫もようやく事情が飲み込めたらしい。一歩下がると「邪魔者は帰るとするわ」とだけ言い残すと、懐から扇を取り出し、閉じたままのそれで空間を切り裂くような動きをしてスキマを作ると、アリスと魔理沙の返事も待たずスキマの中へと入っていった。
 スキマが閉じるとほぼ同時にアリスがこちらへ歩いてきた。
「さて、今日はどんな実験を手伝わせるのかしら?」
 肩まで伸びたアリスの金髪が揺れる。
 アリスの髪は同じ金髪である魔理沙も羨ましくなるほど綺麗で、肌の薄さも相まって人形のようにも見える。もともとアリスのことは美人だと思っているが、夜の暗さの中で見ると、普段とは違う妖艶さを醸し出しているように感じる。
 ただ、魔理沙の返事が遅れたのはそんなアリスに見惚れていたからではない。
 さっきまで魔理沙に対して不自然な視線を向けていたにもかかわらず、今はもう魔理沙の見慣れた笑顔を見せてきたので、思わず面食らってしまったのだ。
「あ……と、珍しい茸が手に入ったんだけど、私一人じゃ限界があるらしい」
「そう。私にできることならいくらでも手伝ってあげるわ」
 魔法使いは魔法の実験やその結果を他人に見せない。
 それは偏屈だからというわけではなく、安易に見せてはならないことがいくつもあるからだ。
 魔法というのは全てが人助けのためにあるわけではない。
 魔法の種類は無数にあり、その中には傷を癒すものから、容易く人を殺せるようなものもある。
 そして、誰にも知られてはならないようなものも……
 だから他の魔法使いの実験を見れるというのは貴重なことであり、新たな魔法が発見できれば自分もその魔法を習得することができるのだ。
 アリスは快諾し、魔理沙を奥の部屋へと案内する。
 そこは魔法の実験を行うため特別に設けられたもので、魔理沙も何回か入ったことがある。
 アリスは部屋の扉を開け、魔理沙を先に入るよう促す。
 魔理沙は茸の入った袋を肩から提げ、アリスの横を通り部屋の中に入った。
 部屋の中には木製の棚がいくつかあり、無数の薬品や実験素材が瓶に詰められた状態で整然と並べられている。
 瓶にはひとつずつラベルが貼られ、中身が一目で判別できるようになっている。
 魔理沙はこの部屋を見るたびに自分の家と比べてしまう。
 初めてこの部屋を見たときは、呆然を通り越して苦笑いを浮かべてしまったものだ。
 魔理沙が魔道書などが並べられた机に袋を置くのと同時に、アリスが部屋の扉を閉めながら中に入ってきた。
「さて、はじめましょうか」
 手をぱんと打ち鳴らし、アリスは魔理沙の隣に立った。
「そうだな」
 それに応えるように、魔理沙は袋の中から茸をいくつか取り出した。