いつかの未来
「いい人だったわねえ」
帰り道、片手でケーキの大きな箱を提げ、もう片方の手でシュンの手を引いている美佐枝はタカヤにそう言った。
「タカ、良かったね。プロの選手のボールを受けたなんて、みんなに自慢できるね」
美佐枝の言葉に、タカヤは、自慢なんてしない、と応える。
「あれ、抜いた球だったよ」
言いながら、少し前に交わした投手とのやり取りを思い返す。一球だけのバッテリーの時間が終わったあと、どうだった、と感想を尋ねる投手に、タカヤは正直に答えた。
「綺麗なストレートでした。でも、もっと、本気の球が受けたかったです」
タカヤの言葉に、彼は爆笑した。防具もつけていない、小学生になったばかりの子どもに全力投球などできるわけもない。それは、タカヤだって分かっていないはずはないと思うのに、それでも強気な言葉を放つのがおかしかった。
しばらく笑い続けたその投手は、ようやく笑いをおさめると、タカヤの頭に手を置いてこう言った。
「君はまだまだ野球を続けるんだろう? それなら、君がいいキャッチャーになれば、これからいくらだってもっとすごい球を受けられるよ」
だから、練習がんばれよ、と言って、彼はその大きな手のひらでタカヤの頭を撫でた。
家にたどり着いて、前庭に車が泊まっているのを見た瞬間、タカヤは駆け出した。おとうさんが帰ってきているのだ。扉を開けて、いつもはきちんと揃える靴だって脱ぎ散らかして、父を探してリビングへと駆け込む。
今日のことを自慢になんかしない。だって、これからもっとすごい球を捕るのだから。いつかの未来に、その球を投げてくれるタカヤの投手と出会うのだから。
ソファでくつろいでいた父を見つけたタカヤは、飛びついてキャッチボールをせがむ。タカヤが腕に抱えたミットの中で、白球が期待に震えて音を立てた気がした。