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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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君待ち

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「じゃあさ、片っぽずつな。それなら、いーだろ」
 阿部の提案に、うんうん、と三橋はうなずいた。先ほど、阿部の手を掴まえた時に膝から落ちてしまっていた軍手を拾って、片方だけ阿部に渡す。
「あ、あと、帽子も」
「それはかぶってろ」
「じゃあ、じゃあ、かわりばんこ、で」
 三橋が強情を言うと、阿部は、しょうがないな、とでも言いたげな顔になって、それから、始めっぞ、と声をかけて草に手を伸ばした。それを見た三橋も慌てて草抜きをはじめる。
 生まれて間もない雑草たちは、まだ根も浅いらしく、少し力を入れると簡単に抜けた。ぶちぶちと、抜いては少し進み、また抜いては進んでいく。
 しばらくそれを繰り返したところで、三橋は、交代、と告げて、帽子を脱いで阿部にかぶせた。
「おー」
 阿部は抵抗せずかぶせられるままにしていたが、ひとつふたつ草を抜いたところで、はい交代、と三橋に帽子を返してくる。
「う、お!」
 こんなんじゃダメだ。阿部くん、全然、かぶってない。三橋は、先ほどの阿部そっくりに、少し草を抜いてからすぐに阿部に帽子をかぶせる。
「交代、だよ!」
 阿部は帽子のつばの下からじっと三橋を見る。今度はひとつだけ草を抜く。
「交代」
「…交代」
「こーたい」
「こう、たい」
 何度か黒い野球帽が往復したところで、阿部は、あー!、と叫んだ。
「いいから、お前かぶってろ! じゃなきゃ、すぐ帰らせんぞ!」
 そこまで言われると、三橋はもう返す言葉がない。小さく、ごめんなさい、と言って、阿部の帽子を深くかぶり直した。
 阿部は、わかりゃいーんだよ、とだけ言うと、またすぐ草取りに集中し始めた。三橋は、そんな阿部の姿を見つめる。黒く強い髪の毛は、日の光を引き付けて熱そうだった。もし、自分が来なければ、一緒にしたいとわがままを言わなければ、阿部は用意してきた軍手も一人で使えたし、帽子をかぶっていられたのだ。そう思ったら、三橋はたまらない気持ちになった。
 オレ、帰らなきゃ。
 それが正しいんだ。そう思う。ここにいては阿部の邪魔になるだけだし、阿部の言うとおり、自分は早く帰って勉強をすべきなのだ。
 三橋は口を開こうとした。帰る、と言いかけたところで、阿部がふと顔を上げて、静かに笑った。
「なんか、変な感じ」
「……え」
 自分はどこかおかしいのだろうかと、三橋はばたばたと体のあちこちを叩いて点検する。それを見た阿部はまた笑って言う。
「ちがくて、お前とこーしてんのが、変な感じ」
 変。その言葉は三橋の胸に突き刺さった。やっぱり、阿部くん、オレといるのいやなんだ、と悪い思考ばかりがすごい速さで頭をかけめぐる。
 けれども、阿部が続けたのは、三橋が予想した内容とは違うものだった。
「春休みもさ、こんな感じで草むしりしてたんだよ」
「あ、さ、かえぐち君、と」
「そーそー。あん時はまだ三橋のこと知らなかったんだなあって思ったら、変な感じするだろ?」
 そうかもしれない。あの頃の三橋は、野球部に入ることを、野球を続けることすら、諦めようとしていた。それが、今はこうして、チームメイトとともにグラウンドにいるのだ。
「最初はどこもかしこも草ボーボーでさ、宝探ししてるみたいだった」
「宝さがし?」
 草むしりとは大分かけ離れた言葉を耳にして、三橋が問い返すと、阿部は、うん、と頷いて言った。
「大体この辺がホームベースだろーってとこから始めてさ、ベース埋めてた跡とか、プレートとか発掘すんの」
 阿部はその時のことを思い返しているのか、とても楽しそうな顔をしている。その阿部の楽しさが伝染したみたいに、三橋にもわくわくした気持ちが沸き起こってくる。
「段々、ダイヤモンドが見えてきてさ、ホームベースを置きなおして、距離測りなおして、マウンドも土盛り直して、そんでこうなったんだよ」
 そう言うと、阿部はグラウンドを振り返った。どこか自慢げな目で、宝ものを見る目で、見つめている。
 三橋は、途端に不安がこみ上げてきた。この、阿部の瞳にかなうだけのものが、自分にあるだろうか、と思ったのだ。あのマウンドは、自分がいていいものなのだろうか。もっと、本当はもっとずっと、相応しい投手がいて、阿部はそれを待っているのかもしれない。そう考えると、胸がつぶれるような思いがする。悲しいし、怖いし、つらかった。
 けれども、阿部はそんな三橋の心中はまったく気づかない様子で、あのさ、と声をかけた。
「な……、なに、阿部くん」
 もういらない、と言われるのだろうか。やっぱりお前では駄目だと言われるのだろうか。
「ちょっとさ、マウンド、立ってみてよ」
 阿部はそう言った。まったく予想になかったことを言われて、三橋はとっさに応えも返せない。何度も何度も、阿部の言葉を頭の中で繰り返して、ようやく追いついて、え、と声を出した。
「え、イヤ?」
 阿部はきょとんとまばたきをして聞く。三橋は慌てて言った。
「嫌じゃない、けど。どうして?」
「見たいから。ヤじゃないんなら、ほら、立った、立った」
 すくっと立ち上がった阿部は三橋の手を取って促すと、自分はさっさとマウンドに向かって歩き始めた。少し歩いたところで、後ろを見やり、動き出せないでいる三橋に、早く来いよ、と声をかける。
 なんだかよく分からないまま、三橋は阿部のあとを追った。 その先に、マウンドがある。エースの居場所。そう思ったら、それだけで誘われる気持ちがした。
 数日ぶりのマウンドを前にして、三橋の足は止まった。もし、この場所が自分を認めていなくても、きっと、自分は向かってしまうのだろう、と三橋は思う。放すことが出来ずに、しがみついてしまうのだろう。
 阿部が、ほら、と三橋の背を軽く叩くと、固まっていた足が一歩前に出た。靴の裏から、じわりと高揚がしみこんで来るようだ。たまらずに三橋は、ゆるい傾斜を登って、プレートに足をかける。息をする。自然と、両手が前に来て、セットポジションをとっていた。
 うん、と言う阿部の声がする。
「やっぱ、様になんな」
 三橋は胸がつまった。どうしよう、と思う。阿部のその声は、言葉は、三橋がここにいることを、真実認めているのだ、と語っているものだった。
「春休みの間は、ずっとさ、どんな投手がくんのかなーって、考えてたんだ」
「うん」
「そしたら、お前が来た」
 阿部は、来た、と言ったが、三橋にはそれが、待っていた、と聞こえた。お前を待っていたのだ、と。三橋は、涙がこみ上げてきそうになって、慌てて顔をぬぐった。
「阿部くん、ホームに立ってみて」
 涙をこらえているせいで、少し震えた声で三橋がそう言うと、阿部は、おうと返事をしてホームベースへと向かった。それから、キャッチャーボックスまで来ると、すっと腰を落として構える。不自然なところのひとつもない、綺麗な動作だと三橋は思った。
「阿部くん、も、様になってるよ!」
 三橋が言うと、阿部は笑った。
「そーかよ」
「うん、キャッチャーって感じ、だ!」
「お前も、ピッチャーって感じするよ」
「う、お!」
作品名:君待ち 作家名:玉木 たまえ