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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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かげしるべ

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 座席に戻ってみると、榛名は帽子を顔にかぶせて、眠っていた。側に立ってそれを見下ろし、タカヤは急に、いたずら心が頭をもたげてくるのを感じた。少し溶け始めたかき氷を右手にぶら下げて、そっと、榛名の首筋に当てる。すると、狙い通り、突然の冷たい感触に、榛名は文字通り飛び上がって目を覚ました。
「つめたっ! あ!? なに!?」
 目を白黒させながら驚いている姿がおかしくて、タカヤは思わず笑いだした。聞こえてきた笑い声に、自分を驚かせたものの正体を知った榛名は、タカヤの手から自分の分のかき氷を奪い取ると、すぐに仕返しへとかかった。
「うりゃ!」
 今度はタカヤが冷たさに身を縮める番だった。榛名は、タカヤの左腕を掴んで動きを封じながら、首に喉にと攻撃を繰り出してくる。負けてはいられないタカヤが反対の手で反撃に出、二人はその時ばかりは、まるで仲の良いチームメイトのようにじゃれあった。
 しばらくすると、後ろの座席の観客から、前が見えにくいから、とさすがに注意を受けて、榛名もタカヤも、お前のせいだとお互いに突つき合いながら、座席に腰掛けた。
 ようやく封を切ったかき氷は、半分はもう溶けて、ピンク色のシロップの中に氷のかけらたちが沈んでいた。
 指で氷を押し上げながら口に運ぶと、乾いた喉に冷たさがおいしかった。甘いシロップの味は、舌を柔らかく癒すようだった。
 試合の行方を眺めながら、タカヤは、元希さん、と言った。
「これが終わったら、投げませんか」
 袋を傾けて、最後の一滴を飲み込んでいた榛名は、ビニール袋をくしゃくしゃと丸め、ドリンクホルダーに突っ込んでから、ようやく反応を返した。
「あ?」
「試合見終わったら、練習しましょう」
 タカヤは、グラウンドに目を向けたままそう言った。熱心に見ているのは、マウンドだ。まるで、ここからでも、その投手の投げる球を受けようとしているかのようだった。
 今日は、もういい、とタカヤは思ったのだった。たとえば、またすぐ明日には榛名のことを嫌いになっていて、許せない気持ちがぐんと強くなっているかもしれない。それでもいい。今日は、ただ榛名の球を受けたいと思った。榛名が投手だと感じた時のように、自分は、捕手だと、タカヤは思ったのだった。
「……オメー、防具ねーじゃん」
「取りに帰ります。急いで戻ってきますから、投球練習しませんか」
 そこまで言ったところで、ようやくタカヤは榛名を見た。
「捕りたいんです」
 その目が誘惑のそれであることは、捕手であるタカヤには決して分からないものだった。投手を誘い、焚き付ける目というものがあるのだ。それは投手だけの知る秘密だった。
 そして、タカヤがそういう目をして、捕りたい、と訴えるのが、実のところずいぶん久しぶりであることにも、タカヤ自身は気がついていなかった。ただ、榛名だけはそのことをしっかり承知していて、内心、ひどく心を揺さぶられていた。
 榛名は、大きく息を吸い込むと、言った。
「お前って、ほんと、しょーがねーやつ」
 それは、先ほどと同じ言葉なのに、全く別の響きをもって、タカヤの耳に届いた。

 球場から駅までの道中、タカヤと榛名はそれほど言葉を交わしはしなかった。それでも、来た時の二人とは、お互いの心持ちが随分違っていて、朝のような重い空気はない。
 夏の中を歩いていく二人を先導するように、短く影が伸びている。地面に落ちたそれは、くっきりと黒く、日が沈めば見えなくなってしまうのが不思議なほどに、そこに在った。
 タカヤと榛名の今日も、それと同じだった。いずれ過ぎて、また明日がくれば時の流れに押し流されていく一日でしかない。
 しかし、堆積していく日々の記憶の中で、まぶたに焼き付くようなこの影が目印になったのか、二人は時折この日のことを思い出した。
 タカヤと榛名が、ただ捕手と投手であった日のことだった。
作品名:かげしるべ 作家名:玉木 たまえ