かげしるべ
ぶつかった相手が、かがみ込んでかき氷を拾おうとするので、タカヤも慌ててしゃがんで手を伸ばした。
「いえ、すみません! オレがよそ見してたんで」
「はは、そうだなあ。打球ってつい追っちゃうよな」
ほがらかに笑って、彼はタカヤに言った。そこまできて、タカヤはようやく、相手の姿に注意を向ける余裕ができた。
がっしりとした体つきは、ひと目でしっかり鍛えているものだとわかる。身長は、榛名よりもいくらか高い位あり、視線を合わせるにはぐっと顎をあげなければならなかった。
そして、なにより目に入ってきたのは、その胸のところに大きく書かれたアルファベットだった。彼が身につけているのは、野球のユニフォームだった。
とー、せい、と心の中で読み上げて、それから、桐青高校なのだ、とタカヤは気がつく。群雄割拠の埼玉の高校野球部の中でも、桐青高校は名門として有名だった。
こうして間近で見ると、高校生というのは、普段見慣れているチームメイトたちと比べると、ひどく大人びて見える。タカヤが思わずまじまじと相手を見上げている間、彼もまたタカヤを観察していたようだった。
「もしかして、そのユニフォーム、さっき始球式していた子と同じチーム?」
彼の問いに、はっと我に返って、タカヤは大きく頷いた。
「あ、はい!」
「そうか。いやあ、なかなかすごかったね、彼」
「すごい、ですか」
「ああ。ちょっと、捕ってみたくなった」
一瞬、息をのんだあと、タカヤは慎重に声を出した。
「キャッチャー、なんですか?」
「オレ? うん、そう。ポジションはキャッチャー」
目の前の人物が、自分と同じポジションだと分かって、タカヤは更に深い気持ちで相手を見上げた。彼は、タカヤが欲しいだけの立派な体格をしており、タカヤに羨望の気持ちを起こさせた。
「あれ、捕りてえなあって言ってたら、そばで聞いてた先輩に、お前ほんと節操がねえなあって小突かれたよ」
ははは、と彼は明るい声を立てた。
「だって、なあ。いい球なら、なんだって捕りたいって思うのは、もう捕手の本能だって」
それを聞いた時、突然、タカヤの胸に、爆発するような感情がわき起こった。それは、誇らしさであり、喜びであり、野心であり、それらの合わさった、言いようのない恍惚とした感覚であった。
この、大人びた高校生が榛名の球を捕りたいと言ったこと、そして、その球を自分はずっと捕り続けてきたのだということ、それらを思うと、叫び出したいほどの思いがこみ上げたのだ。
「そうですね」
応える声は、興奮で少しだけ震えていた。
「オレもそう思います」
桐青の捕手は、タカヤの目を見て、おや、といった表情を浮かべた。それまでとは違う、燃えるような揺らぎを宿しており、強い意志にきらめいていた。
「君もキャッチャーなんだね」
「はい」
「そうか、じゃあ、ライバルだな」
彼はタカヤを子ども扱いはせず、そう言った。
「高校野球に来るなら、どこかで戦うこともあるだろうから」
試合の相手として、あるいは、もしかしたら同じ高校で、正捕手争いをする相手として、出会うかもしれない。
そうしたら、オレが、勝つ。小さな体に大きな闘志を漲らせて、タカヤは思った。捕手の本能に突き動かされているという意味で、タカヤはそうそう他の人間に負ける気はしなかった。
桐青の捕手とは、そのあと二言三言交わして、それぞれの席に戻るため分かれた。最後に、あの彼とは高校に行ってからも組むのか、と尋ねられた時だけは、タカヤは年に似合わないような複雑な表情を浮かべた。
「さあ、分かりませんけど、オレはキャッチですから。あの人が投げるなら、捕りますよ」
タカヤの回りくどいような言い回しに、彼はあえて何かを指摘するでもなく、ただ、そりゃあそうだな、と言って笑った。