花盗人と君は言う
「・・・ふふ」
似合いますね、臨也さん。小さな声がささやいた。
あなたには盗人という表現が似合いますよ、とても。僕のことも盗んできてくれた。
「・・・そう、かな」
あんまり穏やかに少年が言うので、嗚咽が漏れそうになる唇をぐっと噛み締めて、臨也はゆっくりと、震える声を絞り出す。情けなく歪んだ声は、ふたりきりの空間に崩れて響いて、反響してぐらぐらと心を揺らして。
春よ、春。お願いだ。春告鳥の鳴く声、一声でいい。
ここに、どうか。
たった一声鳴いておくれよ、この、愛しい少年が眠る前に。
なぜなら、臨也は。
知っている。
少年があとどれほど生きていられるか、リミット、現在の症状、これからどうなっていくうか。
知っている。
春が来るまで少年が持つかどうか。この手のひらを、いつまで握り返してくれるのか。この世界が、ふたりだけの世界が、ひび割れて壊れるその日を。
知っている、何もかも、知っていて、それでもなお。
「盗人は、君の方だと、俺は思うけど、ねえ」
臨也を構築していた世界は人に溢れていた。
人間と都会、喧騒と噂話。そういうモノで、溢れかえっていた。けれどもあれほどの奇人変人達が揃ってもなお、臨也から人生を、世界を、未来を、根こそぎ奪うような人間など誰一人いやしなかった。
竜ヶ峰帝人、その人以外は。
「俺から、言葉を奪えるのは、君くらいだよ」
ああ、ほら、そうやって笑うから、もう言葉が出てこない。
春よ来い、早く、早く。
俺が言葉を全部失う前に、この子が眠りに付く前に。
そしてどうか、幸せだったとこの少年に思わせてくれないか。人生に悔いはないと、俺と来て、良かったと。
どうか、この少年に。
春を。