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レ・ミゼラブル

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「ほら、あれがジャパンの首都だ」



操縦手が声を高らかに指し示した。
お世辞にも電気が普及していない日本の、それでも華やかな街。夜の闇に紛れた空の上でも、それはどこか一目で分かった。
本当は、分かりたくなどなかった。今はもう何も抱えていない両腕が、震えたままの自分の肩を抱く。さっきまでこの手にあったもの。落ちていった先にも、小さな街があった。街の先には、確かに息づく命があった。

恐る恐る見下ろした。願っても、薄い希望は常に自分を裏切った。
目を細めて、歯を食い縛って、嗚咽を必死に堪えた。
その視線の先には。
暗闇に、赤い帯のように燃えさかる街が。美しいと昔聞いた、かつての首都があった。






スイッチひとつで戦況は変わる。
燃えさかる眼下の街は、どこか綺麗でひどく現実味がなかった。
ハッチを飛び越えていった爆弾が、その後どうなったのかは誰も知らない。
それがいくつの家を焼き、どれくらいの人を殺したのか。上空にいる僕らには、眼下の人間の息遣いなど考え及ぶこともなかった。
炎に包まれる人も、我が子を庇う母親も。上空の人間の目では、そのままの現実を見ることなどできない。


身体が浮く感覚。機体が右に旋回した。
作戦終了。帰投せよ。
無線の指示に、安心したような声が漏れた。
いくら長距離飛行に秀でた自分でも、遊べる燃料などあるはずもない。
後ろを振りかえると、暗闇に浮かんだ赤は、全てを飲み込んで燃えていた。風向きまで計算されていた。炎は、すぐに南側まで燃え広がるだろう。
黒に咲く赤が。記憶の中の、夕暮れのリコリスに重なって。綺麗だと、思った自分が嫌だった。
闇は、自分達に都合がいいように全てを濁してくれる。
朝になれば、彼らが見るのは地獄のような光景だろう。いや、それは間違いか。今も、きっとあの場は地獄だ。
それ以上の感傷は遮断した。
自己防衛。考えすぎたら、壊れてしまいそうだった。

(せめて。眠ったまま、苦しまずにいられますように…)


基地のあるグアムに帰還するまで、もう何度したか分からない、救いのない願い事をした。






見えないから、悲しくない。
感じないから、現実感がない。

兵器が生まれて。人からは命を奪う実感が無くなって。
スイッチひとつで、機械任せで、命が消えていく。
現実感を持たないまま、何度も同じことを繰り返す。


人は、いつまでもいつまでも。
同じことを繰り返す。



子供を、妻を、かつて優しく迎えたその腕で。
最愛の誰かを待つ街に、灼熱の火花を落としていく。
自分と同じと思わなければ。異人は人ではなく。
目の前で銃を握るのは、
人ではなく、敵。
それが、正しいと思っていた。




痛みをくりかえし。
人は、どこまで残酷になれるのだろうか。


憎しみを繰り返し。
人は、何処へ行くのだろうか。






夜空は広い。
任務が終了するたびに。闇に飲み込まれそうな錯覚に、いつも苛まれた。
太陽が昇れば、また一日が始まる。朝がきて、夜がきて、その間にたくさんの命が失われていく。
一度転がった塞は、まだ止まる気配もない。どうやったら止まるのかも、分からない。
遠くの水平線が、少しずつ明るさを増していった。

朝は近いのに。
夜明けは、まだ遠かった。




作品名:レ・ミゼラブル 作家名:呉葉