ふざけんなぁ!! 4
14.好きだ。俺の彼女になれ!! 後編1
帝人が起きたとき、初めに目に飛び込んできたのは、真っ赤なお目目の情報屋さんだった。
「さぁ、脱ぎ脱ぎしようね♪」
そう言って、ウザい変態は、帝人が着ていたお手製のバーテン服改造ワンピースの裾を持ち、楽しげに剥ごうと捲り上げてきやがる。
払いのけようと手を動かしても、右手には手錠が嵌められていて、パイプベッドの支柱に繋がれ、動かす事も儘ならない。
服を脱がされ、ボタンを外され、コルセットも剥ぎ取られ、身に纏う物が一切無くなった薄い胸元に、ひんやりする冷たい空気が触れた。
途端、帝人の全身に悪寒が走った。
「……離して……」
「あはは♪ 嫌だね……うわぁ!!」
にまにましながら、裸の胸に手を伸ばしてきた臨也の顔面に、帝人は遠慮なく蹴りをくれてやった。
「ちょっと!! 抵抗すると、痛くする……」
「離して!!」
怒気を滲ませ、気色ばむ彼に、立て続けに何度も蹴りを浴びせ続ける。
「早く手錠、外して!!」
「それで俺が、『はいそうですか』なんて、言うと思う? 素直に抱かれな。今なら優しくしてあげるから♪」
片足首を引っつかまれても、帝人はもう片方の足と左手を、狂ったようにぶんぶんに振り回した。
「早く外して!! 吐く!!」
「はぁ?」
「だから吐くって言ってるでしょう!!」
覚醒し、鈍痛に襲われた頭の不快感より、臨也に勝手にパンツ一枚にされた羞恥心より、嘔吐感の方が勝っていた。
涙ぐみつつ左手で口を塞ぎ、半狂乱で暴れまくる帝人の剣幕に、やっと演技でないと判ってくれたのか、臨也が大急ぎで鉄パイプに潜らせていた手錠を外してくれる。
そんな男の黒い頭を蹴り飛ばしつつ、帝人は跳ね起きた。
「トイレは何処!!」
「……み、右の通路奥……」
立ち上がった途端、こみ上げた気持ち悪さに勝てなかった。
何とかベッドのサイドボード下にあった、真っ黒いゴミ箱を引っ張り出し、それを抱えて盛大に腹の中身をぶちまけた。
美しい寝室への被害は最小限に留めたけれど、一回吐いたぐらいでは気持ち悪さと吐き気は納まらず、それどころか益々増えるばかりで。
「……馬鹿男ぉぉぉぉぉぉぉぉ、あんた、一体どんなヤバイ薬を私に、盛りやがったんですかぁぁぁぁ!?」
ボロボロに涙を流しながら悪態をつく。
焦って手を差し伸べて来た諸悪の根源、臨也の手を借りてよろよろとトイレに駆け込むと、もう恥じも外聞も無く、盛大に吐きまくる。
夕方、臨也と一緒に食べたパフェとか、昼のお弁当の欠片とか、消化されていなかったものの残骸を一通り出して。
とうとう黄色い胃液しか吐けなくなっても、嘔吐感は止まない。
えぐえぐ泣きながら、自分の右手を口に突っ込み、無理やり吐こうと頑張っても、水分が尽きたらもう吐けない。
「ポカリィィィィィィ!!」
「はいっ!!」
涙ながらに絶叫すると、背後にいた臨也がどたどたと遠ざかっていった。
案外、素直な奴かもしれない。
気持ち悪すぎて胸を掻き毟っていたら、段々喉もぜーぜーと濁音を漏らし始め、体まで重く、動かせなくなってきた。
トイレの敷物の上にしゃがみ込み、壁に持たれてケロケロやっていたが、パンツ一枚のスッポンポンでは、体から熱が奪われていくのも早かった。
手足の先が冷たくなり、体に震えまで走りだす。
ああ、ヤバイ。
これって発熱コースだ。
「帝人ちゃん、水しかなかった、ゴメン!!」
臨也が蒼白になって、グラスを口元に宛がい、頭を傾けて飲ませてくれたが、一分と経たない内に、帝人は全部吐く破目になった。
ああ、最低だ。
「何でもいいから、スポーツドリンク、買ってきやがれぇぇぇぇ!!」
体を守っていたコルセットが外されてしまい、折れたあばら骨を守る物は何も無い。
だが、骨折の痛みなんて、嘔吐の前では全く歯止めになんてならない。
骨が折れる痛さや発熱は、まだ我慢できると思う。
薬さえ飲めば、直ぐに感じなくなるのだから。
だが、気持ち悪さは無理。
臨也が錠剤と水を口に放り込んでくれる毎に、結局吐く破目になる。
薬は溶ける前に吐いてしまうから、イタチゴッコだし、右手を口に突っ込みすぎ、口の両端は切れて血が出るわ、手だって歯型や擦り傷や切り傷がついて、見るも無残になっていく。
「ぜー…はぁあー……、ぜー…はぁあー……、ぜー…はぁあー……」
段々と、喉が嫌な音を立てだしている気はしたが、やっぱり過呼吸になってしまった。
酸素を吸いすぎ、体内の二酸化炭素が欠乏し、これも気が狂いそうなぐらい苦しくなる症状なのだが、処方はビニール袋で口を塞ぎ二酸化炭素を体内に送る事ぐらいしか、手立ては無くて。
「帝人ちゃん!!」
臨也が蒼白になり、必死で口元にビニール袋を押し当ててくるが、その動作ももう駄目で。
やっぱりケロケロと吐く破目になる。
痛みなら気を失えばそれまでなのに、気持ち悪いから意識だって失えなくて。
「……ふうぅぅぅぅ……、えっえっ……、えっく、えっえっ…………、まさおみぃぃぃぃ、お母さぁぁぁぁぁん……、うえぇぇぇん………、もうやだもうやだもうやだぁぁぁぁ………、埼玉に帰るぅぅぅぅぅぅぅぅ………、死んじゃう、もう私、死ぬんだぁぁぁ……、うわぁぁぁん……、ゲゴボゴボ……うえぇぇぇぇ………」
「帝人ちゃん、しっかり!!」
「あんたのせいでしょ、ばかぁぁぁ!!」
とうとう便座カバーに顔を突っ伏し、豪快に泣きながら吐きまくる自分に対し、「直ぐに楽にしてあげるから、もうちょっと我慢して!!」と、焦った臨也が、帝人の背後から毛布をぱさりと被せてきた。
★☆★☆★
「はぁ? あんた、頭おかしくねぇか?」
高いビルの間にある人が全く通らなそうな狭い道で、いつも飄々としたトムが、仕事の顔も忘れて、素っ頓狂な声を上げた。
それを少し離れた場所で煙草を吸っていた静雄は、やっぱり上司と同じように、トムの前でへらへら笑いながら、少女を差し出す若い男を、呆れた顔で眇め見た。
帝人が通う、来良学園の臨時講師……、那須島隆志は、己が遊んで作ったテレクラの借金、50万円の肩代わりに、なんと、自分の教え子を差し出すと提案してきたのだ。
「悪い話じゃないでしょう? 本物の16歳、高校二年生だ。いい金稼ぐのは保証済みって♪」
「あのなぁ」
「取り分は、五分五分でいいから」
「だから先生、俺らは債権回収業者であって、売春の斡旋業者じゃないっつーの」
「だったら、粟楠会の誰かにさ、いい値段で買って貰えるように、交渉して下さいよぉ♪」
那須島に背を押され、おどおどしながら制服姿で佇む少女は、今時珍しいぐらい、髪も染めず、洒落っ気一つ無い根暗で大人しそうな少女だった。
それでも、恋人に今から売り飛ばされると言うのに、本人も納得済みらしく。
「私が頑張れば、隆志はもう苛められないんですよね。なら私、どんな事でもします。AVだろうが売春だろうが、何をさせられても、文句は言いません」
ぶるぶるに震え、今にも泣き出しそうになっている癖に、自分の意志で体を売るのだと、思い込まされている。
哀れな。
多分、彼女にとって、那須島が初めて体を重ねた男なのだろう。
悪い男に騙されやがって。
作品名:ふざけんなぁ!! 4 作家名:みかる