THW小説① ~夜明け~
引っ張られながら,俺は若干焦っていた。
さっき聞いた「こうとくたい」という言葉。
・・・全く知らない言葉だ。
また,俺の記憶障害か。
本当ならば,知っていなくてはいけないことなのか。
これを,俺が知らないと知られたら,まずいことになるんじゃないのか。
どうする。
コイツの手を振りほどいて,逃げるか。
逃げたら,逆に怪しまれるか――――
そんなことをグルグル考えているうちに,あっというまに広間へと連れてこられてしまった。
「隊長!!入隊希望者ですよ!!」
ぽん,と背中を押されて,「隊長」と呼ばれた男の前に突き出される。
振り向いた「隊長」は――――やっぱり,自分の記憶にある,男の顔だった。
「おお!?碧風じゃないか!よく来たな!」
そういって,男はバンバンと俺の背中を叩く。
ああ,そうだ,この男は,こっちの都合とかおかまいなしにマイペースだったっけ。
「・・・・・」
俺は,若干呆気にとられながらも,どこか納得して,男の顔を見つめていた。
「どうした?俺のとこに入りたいんじゃないのか?」
笑顔でそう問われて,俺は腹を決めることにした。
「―――ああ。俺,実は,よく,わからねぇんだ。だから,とりあえずお前んとこ,入れてくれ。」
ザワっと周りにいた数人がざわめく。
「わからねぇ」ということに対してなのか,口のきき方に対してなのか・・・
別に,どっちに対してでもいい。
周りは関係ない。
問題は,この男がどう言うかだ。
すると,あっけらかんと男は言い放った。
「ああ,いいぞ。何でも聞け。おい,お前ら,世話してやれ!」
その言葉と同時に,周りがわっと湧いて,俺はもみくちゃにされた。
「埼玉攻特隊,入隊おめでとう!」
「どこから来たの?能力は?」
「スキルは?何があるの?」
「融合は?何回やった?あれ,何度やっても気持ち悪いよなぁ〜」
「襲撃どのぐらいやってきたんだ?」
次々と浴びせられる質問。
「〜〜〜〜っ!!」
・・・思えば,今まで俺は―――少なくとも,覚醒してからの俺は―――こんなに人に囲まれたことなんてなかった。
しかも,この歓迎っぷり。
どぎまぎするしかない俺の様子に,「隊長」は苦笑まじりに言葉をかけた。
「おいおい,お前らが質問攻めにしてどうするんだ。この迷子ちゃんに色々教えてやってくれ。」
・・・迷子。
そうだ,俺は迷子だ。
この戦場での迷子。まさしくそうだ。
「そうね,とりあえず,静かなとこに行きましょう。お話,いろいろ聞かせて?」
目の前の,赤い髪の少女が,にっこりとほほ笑む。
こくん,と無言で頷く俺を満足げに見上げ,俺は,少女に連れられて行った。
それから,俺はすごい量の知識を詰め込んだ。
この戦争のこと。
自分の能力のこと。
融合のこと,などなど。
基本的な知識は,ほとんど理解できるようになった。
・・・だが,相変わらず,以前の記憶は戻らなかった。
「時々,居るのよ。あなたみたいに,覚醒時に記憶障害が出ちゃう人。その状態で戦場に送り込まれてもね,どうしていいかなんて,わからないわよねぇ」
少し寂しそうに,少女が笑う。
「あなたは,慎重だったから,誰にも話せなかったのね。辛かったでしょう?」
「ん〜〜〜・・・」
辛い,というのとは,少し違う。
ただ,疲れ果てていたことは確かだ。
誰も信用できない。
信用できるのは,おのれの剣のみ。
四六時中,気を張って生き延びる。
それの繰り返し。
「でもね,ここの隊長さんは,すごくいい人よ。面倒見もいいし,あなたみたいな人を沢山育てているわ。信頼して大丈夫よ。」
「・・・そうだな。あの男は面倒見がいい。」
「そうだった,あなた,隊長を知っていたのよね?」
「・・・なんとなく,だけどな。たまたま,名前を聞いたから来てみたんだ。」
「・・・ふ〜ん,慎重なあなたが『たまたま』・・・とは,思えないけど・・・」
「まぁ,あれだ。昔の俺が,ヤツを信頼していたんだろうな。」
「そうね。あなたのその信頼は正解よ。」
そう言って,にっこりと少女はほほ笑んだ。
ここで,ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
もう,疑問を隠す必要もなくなったことに,どこかしら安堵を覚えた。
「ところで,この『攻特隊』ってやつはでかいのか?」
「そうね,埼玉ではNo1の部隊ね」
「へー。んで?あいつはその隊長なのか?」
「そうよ。総隊長。傘下の部隊もあるぐらいよ。」
「はー。随分偉くなったもんだな。」
「全然偉ぶってないけどね〜」
「ほー。そりゃたいしたもんだ」
確かに,そんなトップの人間に,あの最初の口のきき方じゃ,ビビるやつもいただろう。
だが,俺は俺だし,態度を変えるつもりは毛頭ない。
「へー」だの「はー」だの,間抜けな声を出し続ける俺がよほどおかしかったのか,少女は腹をかかえて笑い転げている。
「・・・あなた,最初と随分,印象が変わったわ。それが,本当の『あなた』なのね。」
涙をふきながら,そんなことを言う。
「本当の俺?俺はいつでも俺だよ」
「そうね。そうなんだけど・・・あなたは,記憶を失って,どこかで『これは本当の自分じゃない』って思ってなかった?」
少女の核心をついた言葉に,ギクリと体をこわばらせる。
「・・・私だってそうよ。融合を繰り返せば,どれが本当の自分かなんて,わからなくなる。でもね,どれも本当の自分なのよ。今ある『自分』が『本当』なの。記憶をなくしたって,そこからの自分が本当。自分は,自分で作っていくしかないのよ。」
少し目を伏せながら,少女は真面目な声色で語った。
・・・なるほどな。
俺だけじゃない。
「融合」を繰り返せば,誰だってそうなる。
それを,皆が経験している。
「さて,と」
少女は,ぱんっと手を叩いて,俺を現実に引き戻した。
「そろそろ,作戦の時間だわ。あなたも来るでしょう?」
「作戦?」
「そう,作戦。この攻特隊の部隊で,組織的に行動するのよ。」
「組織的・・・」
今まで,一人で戦ってきた俺には,それがどういう戦い方なのか,全くわからない。
そんな不安を悟ったのか,安心させるように少女が言葉をつなぐ。
「大丈夫よ。しっかり指令が出るから。あなたは,その通りに動けばいいのよ。せっかく攻特隊に入ったんだもの,やってみましょう。」
「・・・ああ。よろしく頼む。」
俺は,少女に案内されるまま,会議室へと向かった。
作戦遂行は,実に鮮やかなものだった。
司令官の通りに動く部隊。
次々と占領を広げる自国。
仲間に,背を預けて次々と敵国の奴を倒す。
それは,不思議と,今までの憂鬱な気分ではなく,むしろ昂揚感を感じさせた。
そうか。
目的をもった剣は,こんなにも軽いのか。
誰かのために,剣を振るうことは,こんなにも満たされるのか・・・・
・・・悪くない。
この,戦争がいつ終わるのかなんて,わからない。
いつ,自分が死んでしまうのかも,わからない,
でも・・・この仲間達のために,この戦場で,生きていけるのならば,それでいい。
どこか,晴れ晴れとした気分で,俺は仲間達と夜明けの空を眺めていた。
2010.12.18
作品名:THW小説① ~夜明け~ 作家名:碧風 -aoka-