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聞かせろよ

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 予約の時間丁度に、月森は練習室の並ぶ廊下を歩いていた。学内コンクールの影響か、近頃練習室の予約はほとんど埋まっている。
感化されるものが多い現状は、月森にとって特別関わり無い事だった。
十六時から予約を入れてある三〇三号室に辿り着くが、不愉快なことに、先客はまだ練習をしているようだった。練習室の使用は次に迷惑を掛けないよう最低五分は余裕を持って部屋を空けるのが暗黙のルールになっているのだが、室内を覗いた月森は以外な人物の姿を見つけてノックする手を止めた。
顔は見えないものの、普通科のジャケットの色と、逞しい体格を見れば、それが誰かはすぐにわかる。
「……」
 熱っぽい音。コンクールで初めて聞いた土浦の音は、今でも月森の耳に、心に残っている。人柄は気に入らないものの、音は熟練のものだった。
 普通科とはいえ、幼少からピアノを学んでいたと噂で聞き、なるほどと納得する。それだけ弾き込んだ音が、土浦のピアノにはある。
 外見に似合わない、繊細でいて滑らかな音に、思わず目を奪われた。
 あの音が、もう一度聞きたい。音楽科ではない土浦の演奏を聞く機会はほとんどなく、練習も自宅でしている様子なので、練習棟にも滅多に足を運ばない。
 珍しさが勝って、月森は結局、土浦が曲を弾き終わるまで、扉の外で佇んでいた。



 沈黙を破るために、月森は短く二度、扉を叩いた。
 ゆっくりと、土浦が振り返る。弾き終えたばかりの静まり返った表情が、月森を一瞬で捉える。
「月森?」
 唇の動きがそう呼ぶのを、月森は嫌そうに見遣った。
 他人の領域に踏み込むことを、月森は好まない。逆もまた同じだ。
 月森は土浦が扉を開けるまで、一切手を出さなかった。
「……時間は守ってもらえなければ、困るのだが」
「すまねえな。次、お前だったのか」
「終わったのなら、出て行ってくれないか」
「お前なあ、確かに俺が時間オーバーしちまったのは悪いが、そんなきつい目で睨むんじゃねえよ」
「自覚があるのなら、早く出て行ってくれないか」
 大きく、土浦は溜息をついた。
「お前、大丈夫か?」
 予想出来なかった言葉に、月森は呆気に取られた。気付いた時には手首を取られ、室内に引きずり込まれていた。
「っ……」
「ドアが開いたまんまじゃ、誰かに話を聞かれるかもしれないだろう?」
「なんのつもりだ」
 握られた手首はすぐに開放されていたが、月森は嫌悪を露わに、土浦を睨み付けた。大切にしている手をぞんざいに扱われたことをはじめ、土浦の全てが月森を苛立たせる。
「そのまんまの意味だよ。前のセレクションの時」
 そこまで言うだけで、土浦は詳細には触れなかった。
「君に心配されるようなことじゃない」
「へえ。ああいうのが音楽科は日常茶飯事だってのか?ま、お前の性格じゃあ、苛めたくなるのもわかるがな」
「何が言いたい」
「だから、大丈夫か?って聞いてんだよ」
 何を言いたいのか、月森は瞬時に理解することが出来なかった。だが、しばらくして土浦が前のセレクションで月森が閉じ込められた件について、心配しているのだと気付くと、腹立たしさに似た別の感情が湧き上がった。
「俺が心配したってどうしようもねえことだがな、変に邪魔されるのは俺も迷惑なんだ。お前が居ないセレクションで一位を取っても、素直に喜べない」
「ライバルが減って喜んでいると思っていたが?」
「馬鹿言うんじゃねえ」
 土浦の拳が、月森の横の壁を叩いた。鈍い音に、月森は目を見開く。
 見下ろしてくる土浦に、月森は目を逸らさなかった。身長差はほとんど無いものの、体育会系の土浦に囲われれば、細身の月森は動けなくなる。
「……もう一度言う。君に心配されるようなことじゃない。先日のことは、俺のミスだ。俺がもっと配慮していれば、あんなことにはならなかった。セレクションに挑む姿勢が、甘かったからだろう」
「月森」
「まだ何か言いたいのか?君の一位は、正当なものだ。俺に絡んだとしても、揺るがない」
「そういう事を言ってんじゃねえんだよ」
 月森にはやはり、土浦の怒りが理解出来なかった。
「案じてくれたことには、礼を言う。だが、もう心配は必要無い。第三セレクションはもう間近だ。他人に構っている暇など、無いはずだ」
 関わるな、と月森は拒絶した。
「どいてくれないか。時間が無駄になる」
「月森」
 再度呼ばれ、月森は土浦を見上げた。土浦は、とても感情豊かだ。よく笑い、怒りもする。
 しかし、今の表情がどんな意味を持つのか、月森はわからなかった。何かを堪えるような、苦しげな口元は、言葉を発そうとして、失敗する。
「悔しかった。お前の、ヴァイオリンが聞けなくて。それだけだ。邪魔して悪かったな」
 重たい気配が、上から離れ、月森は開放された。触れられて居る訳でもないのに、身動きが取れなかった。
「今度、聞かせろ。お前の、第二セレクション。じゃあな」
 土浦は月森の横を通り抜け際、ぶっきらぼうにその一言を言い捨て、練習室を足早に出て行った。静かに閉まる仕組みになっている戸が隙間を小さくし、ぱたんと閉じると、月森はようやく我に返った。
 土浦の言葉は、しっかりと脳に残っている。
 聞かせろと、彼は言った。月森のヴァイオリンを。
「なんだというんだ」
 掴まれた腕に残る硬い指の感触が、熱い。傍で感じた息遣いも思い出せることに、月森は困惑し、ヴァイオリンケースを持ったまま、練習室の壁に寄りかかった。
 視界には、土浦が閉じ忘れたピアノの鍵盤があった。
作品名:聞かせろよ 作家名:七月かなめ