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骨折り損

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それは、冬とは思えないほど穏やかで日差しの暖かい日だった。

「・・・帝人くんに出会わなければよかった。」

窓の外を見て、臨也さんはぽつりと呟いた。
この人に似合わない、狭くて小さな白い箱のような病室で。



僕は、何も聞こえなかったふりをしてショリショリと林檎を剥く。
赤い皮が少しずつ、少しずつ、僕の膝の上に置かれた皿の上に落ちて行く。
滅多に林檎なんて剥かないから、ちぎれちぎれに落ちて行く。
格好悪いな、こんなことなら林檎の皮むきくらい上手に出来る様になって置けばよかった。

「聞いてる?」

臨也さんが窓の外を見たまま、僕にそう問う。
素直に僕は頷いた。
「はい。」
「じゃぁ無視しないでよ。」
拗ねたような口調に僕は半分呆れつつ、すいません、と謝る。
『出会わなければよかった』なんて言われて、なんて言えば良いんだろう。
(「そうですね。」なんて答えようもんなら、鬼のように怒り狂うくせに)

「帝人くんに出会わなければよかった。今ではそう思うんだ。」
臨也さんは言葉を繰り返す。

「…林檎、剥けました。」

僕はまたその言葉を無視した。
それが気に入らなかったのか、臨也さんはやっとこっちを向いて、一瞬不満げに何か言おうと口を開けたが、林檎に視線を落としてすぐにその口を閉じる。

「・・・食べさせてよ。」
「え?」
「動かないんだよ、腕。」
そう言われればそうだ。
僕は一瞬躊躇して、でも、林檎を一切れ臨也さんの口元へ近づけた。
シャク、と、静かな個室の病室に、臨也さんの林檎を食べる音だけが響く。

「美味しい、ですか?」
無言で食べ続ける臨也さんにそう聞くと、冷たい声で「さぁ?」と言われた。
文句を言わないのだから、美味しいと思ってることにしておこう。

だから、この林檎をくれた、新羅さんには臨也さんが「美味しい」と言ってました、と、伝えなければ。

『コレ、臨也に持ってってくれる?』
そう言って新羅さんから渡されたのは赤く熟れた林檎が3つ入ったカゴだった。
いかにもお見舞い品の代名詞のようなそれは、臨也さんが病室に居ることを思い出させて、正直憂鬱になる。
『臨也って案外ベタなのが好きなんだよ。病に伏せる彼氏のために、不器用な彼女が林檎を剥く、とか?そんなシチュエーション。』
病って・・・、というか、彼女って・・・・。
と、内心ツッコミどころ満載のその言葉に僕は苦笑しつつ「はい。」と、受け取った。

そんな新羅さんの読みは当たったらしく、林檎を一切れ食べ終えた臨也さんは幾分機嫌が良くなったらしい。
今度は僕の方を見て、ぼんやりとしてる。

「眠いですか?」
「俺が?まさか?」
そうは言うものの、退屈な日々が続いているせいで臨也さんは眠ることが多くなっている。
あんなに大好きなパソコンさえ、今は動かせない。
「寝ていいですよ。」
「・・・嫌だよ。」
臨也さんは唇を尖らせた。

「目を覚ましたとき帝人くんが居なかったら、死にたくなる。」

子供のような言い草に、僕は思わず笑った。

「居ますよ。」
「わからないじゃないか、そんなの。」
「居ますから。」
「・・・。」
「おやすみなさい。」

僕の言葉にしぶしぶと目を閉じる臨也さん。
その瞳が完全に閉じられて、起きている時より幼くなるその寝顔に僕はそっと息を飲む。
余りに安らかな寝顔は、少しだけ怖い。

大丈夫、その瞳が二度と開けられない、なんてことは無いのだから。

そう、自分に言い聞かせた。


(帝人くんに出会わなければ良かった)

そう言えば、その言葉の真意を、まだ聞いていないことを思い出す。

臨也さんのことだから、またグルグルと難しく考えた結果なんだろうけど、
そう言われるのは、やっぱり胸が痛む。

僕は、臨也さんに出会えてよかったです。
起きたら、そう伝えてみようと思った。



そろそろ面会時間が終わる、そう思い始めた頃タイミング良く臨也さんの睫毛が震えた。
ゆっくりと開けられる瞳、僕は微笑んだ。

「お目覚めですか?」
「・・・。」
臨也さんはぼんやりと僕を見て、安心したように口元を緩めた。
「まだ、面会時間平気なの?」
「はい、そろそろですけど・・・。」
「・・・そう。」
途端に低くなる声色に僕は苦笑した。

「僕は、臨也さんに出会えて良かったですよ。」

突然そんなことを言う僕に、臨也さんは一瞬眉を潜めた。
けれどすぐに思い当たったのか、ああ、と納得したように呟く。

「言うの、遅いよ。」
どうやら僕の返事は間違ってないらしい。
臨也さんはニヤニヤと笑う。
「でもね、俺は今は、今だけは帝人くんに出会わなければ良かった、本当にそう思うよ。」

「だって、俺が此処に居る間、帝人くんが何をしているのか、俺にはそれを知る手段が無いでしょ。」
「1人で此処に居ると思うんだ、今帝人くんは何してるのかな、とか、他の奴に触られたり、まさか微笑みかけたりしてないかな、とか。」
「元気なら、帝人くんに会いに行けば良いだけなのに、今の俺にはそれが出来ない。」
「だからすごく怖い、帝人くんが…俺以外の奴を好きになって、俺のことを忘れたり、しても…。」
「…今の俺にはそれを防ぐ手段が無い、だからさ、」

「こんなに苦しくなるくらいなら、いっそ、帝人くんに出会わなければ良かった、そう思ってしまうんだ。」

臨也さんらしくない自信の無い発言に僕は驚く。
そんなことを思ってるなんて、…ああ、でもこう思ってもらえることは案外悪くない。
そう思ってしまう僕は性格が悪いのかもしれない。

「…馬鹿ですね。」
「・・・わかってるよ。」

「でも、今の俺は帝人くんを抱きしめることも、キスすることも出来ないんだ。」

臨也さんは悔しげに目を細めた。
「なんでかなぁ、…すごく歯痒くて、もどかしくて、っ、イライラする。どうして、この腕は動かないんだろう。」
「臨也さ、」
「わかってる、わかってるさ!全部自業自得だよ、俺が悪い。…わかってるよ、そんなこと。」
吐き捨てる様にそう言った臨也さんを、僕は頭ごと抱きしめた。

臨也さんが驚いたのが気配でわかる。

「…抱き締められないと嘆くなら、僕が臨也さんを抱き締めてあげます。」
「っ、へぇ。じゃぁ、キスもしてくれるの?」

挑発的に笑う臨也さんに、僕も不敵に笑ってみせた。

「臨也さんが望むなら。」
僕は、そう言って、臨也さんに口付けた。
面会時間の終わりを、看護師さんが教えに来るまでもう少し。

それまで、このまま。


作品名:骨折り損 作家名:阿古屋珠