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棄てゆくものを

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――家康!

 鋭い呼び声が耳を貫いた。そんな声を聞くのは初めてだ、そんな、悲痛な声は。そう思った家康は地面に爪を立てて這い、揺れる視界と霞んだ意識に抗いながらその声の方向へ眼を向けようとして、果たせなかった。
 首を回すと同時にぐるりと天地が逆様に回り、血生臭い戦場の喧騒が一気に遠くなるのを、自覚したと同時に家康の意識は闇へと落ちた。


 崩れ落ちるようにして倒れた家康を目がけて駆け出しながら、巨大な鉄槌を持った敵武将がもう一度その腕を振り上げる。屈強な男が手にする鉄槌は大人の半身ほどもある異様な大きさ、隆々とした筋肉でそれを操る武将の顔には、自分こそが大将を討ち取るのだという高揚が満ちていた。
 それを見た三成は、一切の思考をやめた。理解できない行動を取った家康への叱責も罵倒も、総て後回しにして地を蹴った。
 瞬く間に家康との間に割って入り、その武将の懐へ入りこんだ三成は刃を放ち、相手の頬当ごと頭部を切り裂いた。その一撃で鉄槌を取り落とし、切り裂かれた顔を抑えて身悶えながら絶叫をあげる男の曝け出された首筋に、返す刀で一閃。
 それで、済んだ。
 その程度で済んだ輩を相手に、あの家康が直撃を食らった。刃を振るってこびりついた血を飛ばした三成は、苦々しい顔に苛立ちを乗せて叫ぶ。
「家康!いつまで寝ている!」
 一軍の将としては許されぬ程無防備に地に転がったまま、家康はぴくりとも動かない。その姿を眼にして、周囲に群がる敵兵を斬り捨てながら、三成はますます顔立ちを険しくした。
 確かに、得物も動きも一介の兵卒よりはよほど手強い相手だった。それでもあの程度の輩を相手に、本来ならば家康が傷を負うはずはない。当たり所が悪かったのだ、何せ不自然な形で割り込んだものだから、体勢が整わないままに直撃を受けた。

 ――三成、危ない。
 間近で声が聞こえた瞬間、三成は背を突き飛ばされた。ほとんど殴りつけるような勢いで、三成は反射で受け身を取りながら刃を構えて振り返った。その視線の先に、防御のために構えた腕ごと吹き飛ばされる家康の姿を見たのだ。巨大な鉄槌が、横殴りに家康の腕と頭部を同時に打ちつけたのを見て、三成は思わず声をあげた。
「家康!」
 吹き飛ばされた先の地面で身体を打った末に立ちあがろうとして、果たせずにもがく家康の視線が、三成を探して彷徨うのがわかった。そうして家康はぐらりと身体を傾かせ、そのまま地面へ崩れ落ちた。

 愚か者め。目蓋の裏にこびりついたその光景を反芻して、三成は内心で舌打ちをしながら刃を振るう。並みの者ならば回避できぬ攻撃も、人とはかけ離れた俊敏さを誇る三成ならば難なくかわすことが出来る。背後に迫った殺気に、気付いていないわけではなかった。
 貴様などに庇われる必要はなかったのだ!
 吐き捨てながらも三成は、己が焦燥を抱えていることを認めないわけにはいかなかった。味方も敵も入り乱れた戦場で、地面に倒れた将など格好の的だろう。三成と家康が配置されたのは最も熾烈を極めると軍師が予想した戦場だ、三成がここに在る総ての敵兵を斬り捨てることは不可能ではないが、時間がかかり過ぎる。間抜けに転がっている家康が、気付いた瞬間には首を刈り取られている――そんな光景を思い描くと、不快が胃の底からせりあがった。
 これは、貴様らなどに、容易く獲れるような者ではないのだ。
「痴れ者めが……!」
 低く低く、獣の如く唸り声をあげた三成が周囲の総てへ悪意を放つ。全身の膚が引き攣って震えるほどの凄まじい怒気に、三成を囲んでいた兵たちが息を呑んで反射的に足を止めた。
 次の一瞬に、三成の姿がかき消えた。震える刃を三成へ向けていた敵兵が、標的を見失って武器を握りしめたまま戸惑ったように辺りを見渡す。
 その兵を、突然横薙ぎの白刃が襲った。背後から斬りつけられ、何が起こったのかわからないという顔をした兵は、噴き出す血潮と共に両腕で宙を掻きながら地に落ちた。
 眼に見えたのは刃の軌跡の残像、耳に聞こえたのは風を斬る音のみ。言葉をなくして凍りつき、その場に立ち尽くした兵達を、一挙に刃の嵐が襲った。容赦もなく、慈悲もなく、我に返った者から順に他を押し退けて逃げまどう男達の首を、四肢を、胴を、眼に見えない刃が断ち切っていく。悲鳴も回避も意味を成さない、それは圧倒的な蹂躙であった。
 時間にして数十秒の間に、地に倒れ伏した家康を中心にして、雑兵が放射状に倒れ伏す空白の領域が出来上がる。
 ひと通り手が届く範囲の殲滅を終えた三成は足を止め、わずかに息を荒げながら周囲を睥睨する。眼につく限りの兵は斬ったが、視界の端からまたわらわらと敵兵が湧いて出るのが見て取れた。顔を顰めた三成は屍を踏みしめながら家康の元へ向かう。
「おい、貴様。まだ死んではいないな?」
 三成が問う先で、家康は眼を閉じたまま動かない。青褪めた顔、その頭部から流れる朱を見て、三成はそれ以上近づくのを一瞬だけ逡巡した。そしてその躊躇いを覚えた己に対して疑問を覚えた。
 何を、躊躇うというのだ。思いながら足を進めて膝をつき、手を伸ばして家康の頬をかるく叩く。う、と僅かな呻き声があがった途端、三成の中に詰まっていた逡巡と重苦しい不快が、消えた。
 その不快が、不安と恐れであったことを三成は知らない。
 三成は刀の柄を咥え、空いた両手を家康の下へ差し入れて、その身体を一気に肩の上へ担ぎあげた。気を失って弛緩した身体は扱いにくく重たいが、何も出来ぬというほどではない。戦場では邪魔で仕方のないはずの重荷を当たり前のように抱え上げると、三成は咥えていた刀を再び手にして、そのまま一歩を踏み出した。視界に映る無数の敵兵を見据えながら。


作品名:棄てゆくものを 作家名:karo