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可哀想のシーソーゲエム

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暗く澱んだ気が漂う、玄関にはがらんとした印象が転がっており、すぐ近くの洗面からもずっと奥の部屋からも物音一つしない、そして己が僅かに動く度の微かな衣擦れ、其れすらも酷く耳に障る二十一時過ぎ。
見るからに誰もいない室内に向かって「ただいま」、当たり前に返って来ない返事に溜息を一つ、仕方なく靴を脱ぐと、臨也は不満そうにぺたぺたぺた、廊下を進む。そして部屋に入りかけて足を止めた。
――誰か、いる。
そう思う、自分以外の誰かがいる気配がするのだった。臨也は万が一、其の誰かが自分を害そうとする不届き者だった場合に備えて身構えつつ、そろりと指を電気のスイッチ、ぱちりと灯りを点けて素早く内ポケットのナイフに手を伸ばす、そしてがくりと肩を落とす。
「何だ、紀田君か……」
そう口にする臨也の目には、応接用のソファーで眠りこける正臣の姿が映った。仕事中に堂々と居眠りなんて随分やってくれるじゃないか、とやや憤りを覚えたが随分と気持ち良さげに寝ているので無理に起こす気は起きない。
「まぁ成長期だからね、睡眠は重要だ」
そんな事を独りごちると、臨也は苦笑を浮かべてジャケットを脱ぎ、其れを正臣に掛けてやった。其の日は急に冷え込んだ、部屋の空気も冷たくなってきている、風邪でも引かれたら其れは其れで面倒であるし、うつされたら堪ったものじゃないと、何故か自分自身に云い訳、そんな己に首を傾げる。
「……俺も年喰ったって処かな?」
そう云ってまた苦笑を浮かべると、臨也はキッチンへ向かった。

……其れにしても、君は一体どんな夢見てるのかね。
ティーカップに口を付けながら、臨也はソファーで眠りこける少年の寝顔を暇潰しとばかりに眺めていた。普段は口が達者ですかした様子であるが、寝顔にはやはり十六歳相応のあどけなさが見て取れる。時々もぐもぐと口元を動かして、微笑を浮かべている表情に、何だか随分嬉しそうだ、と一人大人しく茶を飲んでいなくてはならない臨也は羨ましくなった。
――み、かど。
不意に正臣の口から己も良く知っている少年の名前が零れたので、臨也は口を付けようと少し傾けたティーカップを持つ手をぴたりと止める、ティーカップは其の儘テーブルに下ろされ、ことりといった。あぁそうね、君はあの子が大好きだもんね……。そう思い、臨也は余計に面白くなくなってしまう。ただでさえ自分は退屈であるのに、目の前の少年は自分には無い、友情という名の絆を惜しげもなく垂れ流している。どんどん機嫌が悪くなっていくのが自分でもよく分かった。
「ねぇ友達って、どんな感じなの?」
そう云うと臨也は徐に立ち上がり、眠っている正臣に近づく。相変わらず、正臣は静かに眠りこけている。其れを忌々しそうに眺めながら、臨也は正臣を覗き込むようにして傍らに腰を下ろした。臨也には、友情というものがいまいち分からない、友人と呼べるような友人は出来た記憶が無い。
幼い時から、臨也は何時も独りだった。要領の良さ顔の良さもあってか臨也の周りには、何時も誰かがいたので人数的には「一人」ではなかったが、臨也は何時も「独り」だった。新羅とは中学時代からの仲だが信頼し助け合うなどということは無く、少なくとも臨也は、ただ何となく一緒にいても悪くないと思っていただけ、新羅も同じようなものだと臨也は思っている。
そもそも「友人」という定義が良く分からない、何を以て友人と呼び其の他大勢と区別すればいいのか。誰かを特別に扱うということが臨也にはよく分からない。たった一人を除いて、彼にとってすべての人間は興味の対象であり、標本であり、そして愛すべき対象だ。有り余るほどの愛しい存在、だからこそ如何でもよかった。どれも平等に愛しく平等に取るに足らない、だから友人というカテゴライズが、臨也には分からない。
帝人と正臣や、新羅と静雄、静雄とセルティ、門田と狩沢や遊馬崎たち、彼らを繋げているものは、臨也には見当たらない。臨也につながる人間は、何処から見てもただの利害で繋がっているだけ、其のようであるので、臨也は目の前の少年が自分の持っていないものを態と見せびらかせているように感じてしまう。すよすよと仕合わせそうに眠る寝顔が、先程にも増して腹立たしくなった。
「ねぇ、友達ってどんな感じ? 君達を繋げている其れはどんな味がするの? どんな感触がするんだい? 重いのか、其れとも軽いのか、温かいのか冷たいのか」
眠っている正臣にそう語りかけると、臨也は意地の悪そうな笑みを浮かべて正臣の耳元に唇を寄せる、そして小さく囁いた。
「……でも、友達だと思ってるのは君だけだったりして」
最後にくすりと笑って正臣の耳元から唇を離すと臨也は小さく溜息を吐く。相変わらず、正臣の寝顔は安らかだったからだ。我ながらつまらないことをしたもんだと思い、臨也はお茶の続きをしようと戻りかける。けれど不意にすぐ後ろから「……うっ」という小さな呻き声が聞こえたので振り返ってみて驚く。
正臣がひきつけを起こしていた。先程まで微かな笑みを描いていた口はへの字に結ばれ、手足が硬く伸びて身体がびくんびくんと震えている。其れにはさすがの臨也も吃驚してしまい呆然と眺めるしかなかったが、ややあってはっと気が付くと、慌てて正臣の腕をさする。
「紀田君! ちょっと目を覚ましなよ、嫌だよ此の家で死人なんて、面倒くさいっ」
そんな縁起の悪い事を云いながら、臨也は正臣の頬をぱちぱちと叩く。
「紀田君、起きろ、起きろったら!」
おい、正臣っ――
臨也が叫んだ時、突然正臣の目がぱちりと開いた。眼を見開いて、何が何だか分からないという表情をしている。「目、覚ましたね」と臨也が云えば、正臣は吃驚顔の儘ゆっくりと身体を起こした。
「勤務中に堂々居眠りだなんて、やってくれるじゃないか」
そう臨也が意地悪く嗤うと、正臣は「すみません、俺……」と声を絞り出す。話続けようとする其の様子を見て、臨也は「あーいい、いいよ別に」と微笑み、水を持って来るから其処で大人しくしているように正臣に云い残してキッチンへ向かう。正臣は、まだ困惑しているようだった。

夢を、見ていました――
口を付けたペットボトルを握り締めた儘、正臣が徐に口を開いた。其れには返事をせず、向かい合うようにして座っている臨也は、ただティーカップに口を付ける。其れをそろりと見るとすぐに視線を逸らし、正臣は一人でに話し始めた。
「帝人と、杏里がいました。二人とも俺に笑いかけてくれました、だから俺も笑いました。何を話したかもう思い出せないけど、其れは楽しくて、懐かしくて、とても仕合わせな時間でした」
そう云うと正臣は黙る、緊張しているのか、こくりと唾を飲んだようだった。
「うん」
臨也は特に何かを云うわけでなく、かちゃりとカップをソーサーに置いて、カップの中の紅い液体を眺める、まだふわりと柑橘類の香りがした。
「……ずっと、此の時間が続けばいいと思いました。二人が笑ってて、そんな楽しそうにしている時間がずっと続けばいいと思って、『ずっと斯うやって皆でいたいな』って口に出したんです。そしたら――」
正臣は小さく息を吸って俯き、手にしたペットボトルを握り締める、めきっと小さな悲鳴が上がる。
作品名:可哀想のシーソーゲエム 作家名:Callas_ma