ツバサ
シードの愛人騒ぎから1ヶ月ほどした頃。
ようやく書類整理もめどがつき、職務中に城内を散歩する余裕ができてきたクルガンは、闘技場の建物の屋上でぼんやりと空を眺めているシードを見付け、その背後に歩み寄った。
「…どうした?」
「…ああ、クルガンか」
ちらりとクルガンを見やると、また視線を空へ戻す。
夕暮れ近い秋の空は、わずかに赤味を帯びてきていた。
「あいつ、いっちまった」
「…あいつ?」
「今朝見に行ったら、いなかったんだ。さっきも見に行ったけど、もう…」
あの洞窟のグリフォンのことを思い出し、クルガンは目を細めた。
あれ以来、シードは毎日のようにあそこに通い、グリフォンの世話をしていたようだった。
「所詮、モンスターだ。人間と共存する種類ではなかろう。」
屋上の手すりに腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら空を見上げている同僚の横に立つと、クルガンは手すりを背にもたれ、子供をなだめるようにそう言う。
「それはそうだけどな。すごく気に入ってたんだぜ…」
「ああいうモノは、自由に生きるからこそ良いのだぞ。」
「解かってるって…」
きっと今、その真っ直ぐで少年のような瞳は、大空にはばたくグリフォンの姿を見ているのであろう。
クルガンは夕焼けを写す細面の端正な横顔を眺めた。
「どこに飛んでいったかな…」
「さあな。」
「また会えるといいがなあ…」
「どうかな。」
「なんだ、それは。オレは本気で寂しいんだぜ。」
不機嫌に軽く睨み付けてくる視線に、クルガンは少し意地悪く笑みを返した。
「何だ。慰めて欲しいのか?」
「…。お前にそんなこと期待していねえ。」
あーあ、と大きく伸びをして、手すりから身軽に降り立ち、シードはクルガンを振り返った。
「まあ、くよくよしてても仕方ねえよな。おう、飲もうぜ?ここに来てるってことはもうヒマなんだろ?」
いつもどおりの強引な誘いと屈託ない笑み。
その瞳は夕日に染まり、今はクルガンだけを映している。
…恋してる訳でもあるまい。
だけどそれが何よりも嬉しく思う。
決して恋でも愛でもない。何か違うもの。
「そうだな。久しぶりに本気で飲むか」
「お。いいねえ。そのノリ、そのノリ。」
今自分の横ではしゃぐこの男には、あのグリフォンのように自由で大きな純白の羽根がついている。
今までもこれからも、誰にも縛られずその翼で大空を自由に飛びまわるのだろう。
ずっと変わらずそうであって欲しい。そう思う。
そして、いつかは本当に最良のパートナーを見つけるのだろう。
前のような噂が本当に立つのもそう遠くはないかもしれない。
自由な獣が大空から降り立ち、身を寄せる場所を見つけるのはいつの日か。
それまでは。そのときまでは。
俺の苦労は続くかな、そうちらっと考え、クルガンは苦笑した。
そんな苦労なら悪くもないと。
END