カエルバショ
「お前はどうする?このまま我々に投降するか。最後まで闘うか。」
「解っていることを訊くな!」
「だが、この状況だ。お前の仲間は城の中。お前は我々に囲まれて一人だ。どうする?」
あからさまに試すようなゲオルグの言葉を真正面から受け、シードはしばらく目の前の三人を睨み付けていたが、急に不敵に笑った。
「決まってるだろ。…こうする!」
地面を蹴ったあとは赤い疾風の如く。
「ゲオルグ殿!」
刃が交錯する澄んだ音と、兵士の挙げた叫び声が同時に重なった。
「やはり、速い。」
ギリ、とこすれあう刃のはざ間で、ゲオルグは感心したように頷いた。
その手には、一振りの細い剣が握られている。
シードの振った短剣の切っ先が届く瞬間、マントの下に隠していた剣を抜き取ったのだった。
それを認め、シードの目が見開かれる。
「その剣は…」
「先刻拾った。お前のものだろう?見覚えがある。」
ニヤリと笑い、ゲオルグが僅かに手首をひねると、シードの手から短剣が弾け飛んだ。
そのまま脇の地面に落ちた短剣を横目に見つつ、舌打ちとともに後ろに下がったシードの足元に、ゲオルグは手の中の剣を放る。
激しい雨を撥ね、剣はシードの足先ギリギリに突き刺さった。
「いい腕だ、小僧。相当鍛錬を積んだな。」
「馬鹿にすんなッ。」
背を向け、自らの愛剣を地面から取り上げたゲオルグに、シードはギシリと歯を食いしばった。
賞賛の言葉、それすらもが今は屈辱にしか感じられない。
「お前は何のために戦う?」
そんなシードの表情には気も止めぬように、愛剣を元通り腰のベルトに戻しながら、ゲオルグは静かに問うた。
いきなり発せられた問いに、足元の剣を拾う事も忘れ、シードは相手の意図を探るように眉を寄せた。
「半ば決まった勝負だ。なのに敢えて滅びを選ぶのは何故だ?お前はまだ若い。今までより長い人生がお前を待っている。」
「知らねぇな。」
「知らないか。」
「そうさ!」
一気にシードが足元の剣を抜き取る。
同時に腰の剣に手を添えた二人の同盟兵を制すと、ゲオルグは静かに愛剣に手をやった。
「オレはハイランドで生まれ育った。ハイランドで学び、ハイランドで友を得た。いたずらをしてお袋に仕置きされたのも。喧嘩ばっかりして親父に殴られたのも、くだらないことや馬鹿な事でダチと笑ったのも。気の知れた奴と飲んで騒ぐのも。みんなハイランドでだ。大切な人が、オレの全てが、あそこにある。オレが知っているのはそれだけだ。」
しびれる指先をシードは無理やり剣の柄に絡ませた。
早くここを突破し、城に戻らなければならない。
「これからの人生とか、未来とか、そんなのは考えたこともねぇ!あそこはオレを生み出した場所だ。オレの帰る場所だ。オレは、オレの、大切なものを守りたいだけだ!」
絶対のスピードを持って繰り出された突きをゲオルグは紙一重で避けると、その刀身を剣の鞘で払い上げた。
「貴様、馬鹿にしているのかッ!抜けェッ!!」
衝撃にバランスを失うことなく剣を手元に引き、シードが吼えた。
その鬼気迫る響きと眼光にゲオルグの背後の兵士二人がすくみ上がる。
ただゲオルグだけが、静かな表情で立ち尽くしていた。
「…よく判った、小僧。…それがお前の生き方か。」
満足げにそう微笑むと、彼は背を向け、傍らに待っていた馬の手綱を引いた。
「逃げるかッ。」
「ただ、忘れるな。」
身軽に馬上へ上がると、ゲオルグが先刻のように再びシードを見下ろす。
「お前に失いたくないものがあるのなら、お前を失って、哀しむ者もいるということだ。」
「………?」
「己の信ずるもののために存分に戦え。」
「言われなくとも…」
「だが、死ぬな。」
「なッ………」
剣を振る先を見失い、目を見開いて立ち尽くしたシードの前でゲオルグは二人の同盟軍兵を促すと、馬の首を巡らした。
そこで、ふと思い出したように振り向く。
「相棒を失ったようだな。城に戻るのに、馬が必要なら貸すが?」
その言葉に、初めてシードの眼光が揺れ、ちらりと背後に倒れる愛馬の姿を見ると、首を振った。
「敵に手を借りる気はねえ。歩きで十分だ。」
「そうか。」
いつの間にか雨は止み、けぶるようなもやが周囲を包みだしている。
彼らの姿が見えなくなっても暫くそこに立ち尽くしていたシードは、いきなり襲った重い疲労にぐったりと木の幹にもたれかかった。
力無く鞘に戻した剣が、コトリと鳴った。
立ち去る馬上の小さな呟きは、誰にも聞こえなかったけれども。
生きろ。生きろよ、小僧。
END