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前世を言うのは困ったもんだよ

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がらりと引き戸が開いて、教室に入ろうとした彼が目を瞠った。
「あ、やっと来た。おはよー、毛利サマ。」
「・・・貴様のクラスは二つ隣だろう。」
「うん、そうだね。」
俺様はポケットに突っ込んでいた手を出した。
毛利サマはパチリと教室の電気をつけた。
人気の無い教室は寒い。
「我は貴様と話す気など無い。」
「頭の回転速いと、話も早いけど厄介だよね。」
何が目的で佐助がこんな朝早くに居たのか、予測できたのだろう。
毛利サマは軽そうな鞄を机の上に置き、こっちを無視して座った。
文庫本を、着たままのコートのポケットから出して読み始める。
今日が最後の登校でも、毛利サマは日課を変えないらしい。
「どーしても気になってさ。」
「情報屋の気になることなど、我は知らぬ。」
「や、単純な疑問。どうしてあのとき、団子はいらないって言ったの?」
問えば、鬱陶しいと顔が物を言った。
と、同時にその顔の中に戸惑いもある。
俺様は確信を深めてもう一度尋ねた。
「入学したばっかりの頃。お餅好き?って訊いたら、アンタそう言ったよ。」
眉間の皺が消えた。何時のことだか思い出したのだろう。
が、毛利サマは素っ気無く俺様を無視した。
「教えてくれない?じゃないと式の後も明日も毛利サマを追っかけなきゃならなくなるんだけど。」
冗談めかして言っても本気なのは伝わったのだろう。また眉間に皺が寄った。
「単に小腹が空いておっただけよ。餅では腹に重そうだったのでな。」
「あー、やっぱりー。」
俺様は仰のいて長い息を吐いた。
予想した方向の回答があって、がっかりというか、安心というか。
この質問をするためだけに6時半から学校に来た俺様って、馬鹿みたい。
正面玄関が開くの、7時からって解ってたのに。
「貴様らが視界から消えると思うと清々する。漸く静かになるわ。」
「あー、そっか。結局、全国制覇できなかったみたいだけど、何処の学校に行くことにしたんだっけ?」
「教えぬ。貴様に教えれば、あの鬱陶しい女にも筒抜けだろうが。」
俺様は噴出した。
チカちゃんのことだろう。
毛利サマ七不思議に伊達ちゃんが眼の敵にされている、というのがあった。
が、これは簡単な理由だった。
チカちゃんと仲が良かったからだ。
電波な記憶が無くとも反目しあう二人だった。
三年間着かず離れずで。
本質的に噛み付いたり噛み付かれたりするらしかった。
伊達ちゃんは、本質がちょっとチカちゃんに似ている。
だから余計に眼の敵にされたのだろう。
「そもそも全国制覇とは馬鹿馬鹿しい限りよ。私立の進学校が全都道府県にあるわけなかろう。文部科学省の試験結果が我の独壇場であるのだから、そんなものに興味ないわ。」
吐き捨てられて、俺様は肩を竦めた。
うちの学校は文部科学省指定の、いわゆる実験校だった。
新しい取り組みがうまくいくかの長期テスト校。
第二外国語の導入や授業の進め方、昔は休日を増加させたりとか他校より早く行われたらしい。
だからか年に二度、全国対象でのテストを受けさせられることが決まっていた。
毛利サマはその試験で全国トップに君臨し続けた。
普通、生徒の試験結果は教師にだって教えられない。
だが、人の口に戸を立てられないのは世の常で。
一年生の一回目のときは、校長が知っていた。
二回目のときは、流石に職員室で噂になった。
そうすれば話は早いもので、生徒にも密やかに知られた。
全国制覇できなかった、というのは、その情報をどうやってか手に入れた、私立高校からのお誘いの手紙のことだ。
全国トップを維持し続けただけあって、いろんな都道府県の学校から入学のスカウトが来たのだ。
直接、毛利サマに会いに来て来客室で話をしていった学校もいくつかあった。
一部で入札のようになっていたのも知っている。
学費を二割引きます、寮費はいただきません、入学金は不要、とか。
前田慶次が面白がって、職員室に白地図を用意して、何処の県からスカウトが来たかをチェックして色を塗っていた。
ソレに、目指せ全国制覇、などと書かれていた。こういう覇道ならいいよね、と彼は小さく笑っていた。
指導の都合もあるからと、家に直接来た手紙も毛利サマは学校に提出していたので、チェック漏れはない。
しかし47都道府県全てとはいかず、前田は残念がっていた。
「また会えるといいね。」
「心にも無いことを。」
くっ、と冷笑される。文庫本から眼を離さずに言われたものだから、俺様はやれやれと思う。
「他意はないよ、本当にそう思ってる。今のアンタに、興味あるよ。そっちは無いかもしれないけど。だからね、」
俺様はポケットに入っていたボールペンを出して毛利サマに近づいた。
「連絡とりたくなったら、ここにメールして。」
彼の手にあった文庫本を取り上げ、表紙にメールアドレスを書き付けた。
「止めよ!」
「だってアンタ、生徒会のメールマガジンとって無いでしょ。」
「当たり前だ馬鹿馬鹿しい!」
「だからさー、アンタと連絡取りたくても、メルマガで声掛けられないんだよね。」
「何故、貴様が発行に関わることができる。」
「ああ、俺様、伊達ちゃんと同じ学校に行くからさ。情報提供元の一つになってんの。」
「貴様が発行すればよいではないか。」
皮肉に笑われると、いい気はしない。
「嫌だね。面倒くさいじゃない。あと、伊達ちゃんに力尽くで止められたらおしまいだし。」
「賭けの胴元が直接発行すれば公正ではないか。」
「・・・なんでそんなことは知ってるの。」
「さてな。」
怜悧な表情に戻って、毛利サマは取り返した文庫本に向き直った。
「いつか、連絡取りたくなるかもしれないからさ。忘れないで。」
ふん、と吐息だけで笑われて、俺様は苦笑した。
用は済んだから、と教室を出ようとする。
と、声がした。
「猿飛。我は父のところへ行くぞ。単身赴任中だったが、高校を期に家族揃って生活する。学費の最安値に加え交通費も出すと言ったところがあったのでな。
・・・子供が親と過ごせる時間など、人生では短い。弟のために、我は行くぞ。」
毛利サマは文庫本を見たままだった。
俺様は一度、瞬きして、それから自分でも分かるくらい満面の笑顔になった。
「そっか。元気でね。」

「卒業おめでとう!」
「あ、せんせー。どうも有難うございますー。」
「って、なんでそんな適当なお礼なの・・・。」
「だって教室でもやったじゃん。」
俺様は貰った一輪の水仙と卒業証書の入った筒を肩に当てて、お辞儀もせずに言った。
三年生の担任は、またしても前田慶次だった。
「それよりさー、頑張ってね、メルマガ発行。」
「月に一度だけだけどね。折角みんな登録してくれたのに、このネットワーク潰すの勿体無いじゃない。同窓会とかさ、頻繁にやりたいし。」
「ま、在校生の登録もあるからさ。生徒がやるより、教職員が続けるって方が安心だよね。」
「・・・なんか、棘が無い?」
「・・・アンタには関係ありませーん。」
お蔭様で卒業後もメルマガ発行が続くか、というトトカルチョは大荒れだ。
もっとも主目的は、メルマガ発行の白羽の矢が俺様に向かないように、だったから悪いことではないのだが。
「新しい学校の担任楽しみだなー。」
「ちょ、やっぱ棘あるでしょ、猿飛くん!」