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3. 再開
「ナミすゎ~ん!ロビンちゅゎ~ん!ご飯ですよ~!」
いつもの生活に戻った。
「野郎どもはさっさと飯食え!片付かねェだろーがっ」
ゾロが目覚めて最初に言った言葉は水が飲みてェ。聞いた瞬間、寝ずに看病を続けていたサンジはゾロの掛けていた布団に頭を落とし、第一声がそれかと苦笑い。しかしこれ以上内ほどに安堵した笑みを零した。
そしてそれから、今日もゴーイングメリー号の船員たちは穏やかに生活している。順調だ。ひどく順調に時間が進む。ゾロの体力が回復してくるとともに、クルーたちの心配も解されて、いつもの時が流れた。
しかし、そうはいかない男が一人いる。表面上は取り繕っていた。誰よりも気丈、いつもと同じように船内を動き回る。しかし内面では、なにかしらの痛みが彼を襲う。それに気づいてるクルーはいないと、彼は思っていたのだが。
「はい、ナミさん」
「ありがと、サンジ君」
「ロビンちゃんはこちらで」
「ふふ。ありがとう、コックさん」
食後にお茶を出すのは彼のマナー。ナミにはオレンジペコ、ロビンにはアールグレイ。もちろんレディ限定のマナーである。目を向ければ訝しげなルフィやウソップの顔。なんでおれたちには出してくんねェんだ、馬鹿野郎、てめェらレディじゃねーだろ、そんな会話が、飽きることなく毎日繰り返されていた。
朝起きて朝食を作る。大雑把だが掃除や洗濯なんぞをやってみたり、たまには一緒に悪ふざけしたり、昼飯作っておやつ作って夕食作って。明日の食料のこと考えて。同じような、でも同じではない毎日が、飽きることなく繰り返される。
「サンジっ」
「ん?」
夜の仕込みの最中、突然ラウンジに現れた船医は小さな飲み薬を携えて。どうしたんだとサンジが聞けば、これ、軽い睡眠薬調合したんだけど、と。
「睡眠薬?」
「軽いから大丈夫だと思うんだ」
同じような時間が流れる日々、前と変わらないそんな時間の中で、彼の時間だけが変化した。
「どうして眠れないのかはわかんないけど」
理由を知らない。自分の意思なのか、そうでないのかもわからない。だけど今自分が彼のためにできる最善のことは、少しでも睡眠を促すことだと、船専属の医者であるチョッパーは思った。透明な小瓶に入った白く透き通った液体。それをサンジに手渡す。
「眠れないわけじゃねェんだが‥」
「でもサンジは寝てないだろ?」
「ぐっすりだぜ?」
チョッパーは首を横に振った。
「あの時から、サンジ、あんまり寝てないよ」
サンジ倒れちゃう、だからちょっとちゃんと寝てくれよ。少し肩を落としたサンジは苦笑いしてチョッパーに言う。そうだな、悪い、ありがとう。少しかがんだサンジに頭をポンポンと撫ぜられ、何度か頷きを返したチョッパーは、じゃあおれ行くからなと、安心した様子でラウンジを後にした。
そんなに寝てなかったか?
そりゃあここ数日は男部屋で寝た記憶はない。
寝られねェんだ、あそこじゃ。
あの時、──‥ゾロの一件以来、サンジは睡眠を避ける。いや、睡眠ではなく、彼との空間を避けるようになった。露骨には出していないはずだった。なぜチョッパーにはわかってしまったんだろう。あいつが気づくくらいなら、本人が気づいていても仕方がないかもしれない。目を細めたサンジは、小瓶の中の液体を見つめる。
小さくそれを口に含むと、男部屋ではなく武器格納庫に向かった。
言うなれば、逢引をしていたその部屋に、サンジはもうゾロを招かない。