白緑
5. 強く、脆く
些か苛つくのは完治してない怪我の所為か、いや、あいつの所為だ。目を合わせても見透かせないような目をしやがる。満足に言葉も交わすことがなけりゃ、二人の空間もない。あァ、苛つく。
朝食後の船尾、ゾロは日課の筋力トレーニングの最中。
昨日、イライラしていた所為でバーベルを握り壊してしまった。ウソップに直してくれといったところ、こんな粉々になっちまったモンを直せるわけねーだろと、そういう経緯で、彼は只今1247回目の腕立て伏せを行っている。
酷く苛ついているその男の元に、当人が来たらどうなるのか。
「おい、ゾロ」
手ぶらだ。なにかしら名目をつけてしか自分の所へ来ない男が手ぶらだった。あれを味見しろだの、残ったからちょっと食えだの、そんなのルフィやウソップで済むことを、自分にやらせる。その言葉に、素直じゃねェなと思うことが多々あった。しかし今回は手ぶらだ。
苛つきは収まらないものの、そして態度に出してしまうものの、それ相応に対応しなければならない。聞きたいこともある。ゾロはなんだと視線を向け、1260回で腕を止めた。
「完結に言うぞ」
「あ?」
「もうありゃ終わりだ」
なにがという疑問など浮かぶにも及ばず。ここ数日間のサンジの態度から、"ありゃ" の正体が、自分たちが営み続けたあの行為だとすぐにわかった。
ゾロは骨を鳴らすと首を傾げる。ナミになにか言われでもしたのかこの馬鹿、そう思って視線を向ければ、表情からしてそうではないと判別できた。逸らされるわけでもない相立つ者の目は、はっきりと自分を見ている。
理由を話しもしないで終わりにするつもりらしい、こいつは。しかしどうしてか、今それを問い詰めることは思い浮かばなかった。相手が真面目に言っているのもわかってる、だが、自分がこの状況に対して疑念を抱いていないのが現状。未練がねーんだなと、頭のどこかで思った。
「‥‥‥わかった」
だとしたら、了承するしかあるまい。
わかったと、それだけ言われたサンジの心臓は跳ねた。
自らが望んで言ったのだ。なのに何故、今更胸がざわつくのか。
いや、なにより腹が立つのが先行か。
なにも理由を言ってないのに、終わりにしようと言えばそれで終わりなのかおれたちは。頭の中の疑念が見事に回り始める。
「聞かねェのかよ」
「あァ?」
「ワケを」
理由を問われても言うつもりはなかった。
こんなこと言うつもりも、全くなかった。
「聞いたら答えるか?」
「答えねェよ」
「だったらいいだろ」
別に未練もねェ、ゾロは吐き捨てる。
途端、サンジの足元が崩れ落ちた。
数日神経を減らし、ようやく保ってた糸が切れた。
未練もねェだと?サンジは冷たく尖った目でゾロを見据える。ゾロはゾロでその目を見つめ返し、低い声であァ、とだけ。グッとサンジは息を呑むが、どうするつもりだと自分に問うた。いいじゃねェか、こいつはおれの言葉を受け入れた、未練もねェって言った、それでよかったんじゃないのか。いいんだろ、それで、戻るんだろ、仲間に。
「邪魔したな」
言いたいことを伝えた、伝わったことは最善に返された。そのはずだ。サンジは背を向け甲板を後にしようと、しかしゾロは自分でも無意識に、その背中に問う。
おまえ、ちゃんと寝てんのかよ。
関係ねェだろてめェには、サンジの返した言葉は少し、震えを帯びていた。