白緑
6. 飲み込んだ言葉
震えたその言葉に動いたのは感情ではない。熱いものに触れたら声を発してしまうようなそれだ。反射、そういうもの。
「っ、何だよっ!」
掴まれた肩越しに、ゾロに怒鳴る。怒鳴る必要などないのだが声は強張った。ゾロも自分の行動の意味を解せず、喉を詰まらせる。その様子を見て眉間を顰めたサンジは少しばかり声を穏やかに。そして再度繰り返す、なんだよ、と。
なんだよと問われても答えは出てこない。未練もないと、自分の中で処理したものがどーとか、別段そういうわけでない。そういうわけではないのだが、
「‥‥ゾロ?」
正体が掴めた。未練がない云々、そういった感情ではないのだ。
何故だと問い詰めなかったのはあれだ、
驕り、
鈍感な己に嫌気が差す。背を向けた途端不安になった、震える声に体が動いた。数分前の会話が、恐ろしいほどの後悔となった。聞いても答えないとサンジは言った。だったら答えを用意すればいいだけの話。わかった、先ほど言ったその言葉など、もう彼の中では覆されている。
「てめェを庇ったからだろ」
なんにしろ、率直だ。
「なんの話だ」
「てめェが言った終わりのワケだ」
「聞かねェんじゃなかったのか」
「聞いてんじゃねェ、確信してる」
根本の原因はそこにあるのかもしれない。
サンジはゾロの言葉に舌打ちした。どーでもいい、てめェには関係ねーんだ、言うがゾロは引かず、おれとてめェのことだろと言い返す。未練もないと言ったばかりではないか。どうして数分で態度を変えて突っかかってくるんだ。立ち込めていた苛立ちの雲がサンジに移ったらしい。
「もういいだろーが」
「よかねェ」
「わかったっつったじゃねェか」
「あァ?わかんなくなった」
易々と自分で吐いた言葉を覆す目の前の男に、苛立ちは募る。
サンジは胸ポケットの煙草を探った。しかし今に限ってラウンジのテーブルの上に置いたのを思い出す。煙草なんて吸ってたら話が長引くかもしれない、そう思ってあの場所に自ら置いてきたのだ。早々、話を終わらせるに限る。
「あぁそーだ。そう言や満足か?」
認めようじゃねェか。
「てめェに庇われんのが癪に障ったんだよ」
おれはレディでも何でもねェ、おまえの行動がウゼェ、睨みを利かせてゾロを見れば、見据えた目は鋭い。
そう、庇われたのが事の発端。
「勘違いしねェように、この関係は終わりだっつってんだ」
あれだろ?おれが突っ込まれる側だからって、なんか錯覚してんだろ?嘲笑を浮かべ、サンジは拳を握り締める。おまえに突っ込まれたとしても、おれはレディじゃねェんだよ、だから庇われるのなんぞゴメンだ、サンジの言ってることはゾロにもわかる。
「まぁ、てめェが大剣豪になった暁にゃあもう一回寝てやってもいいぜ」
冗談ごとを言い、サンジは憎らしく笑った。
そんな態度をされると、今無理にでもこの場で犯してやりたくなる。
ああ、だが待てと、少々引っかかるものもあった。この男がこんな状態で、本音を曝け出すはずはない。おれに庇われたのが癪に障った、そうかもしれねェがそれだけじゃねェ。
押し黙るゾロにサンジは言う。じゃあな、そーいうこった、わかっただろ?向けられる背中に、なぜか先ほどの不安を感じることもなく、ゾロはサンジを行かせた。格別、この問題を解決する得策などどこにもないが、ここで言い合ったところでどーにもなりゃしねェだろう、そう納得して。
ああ、そうだな。
おまえが大剣豪になった後なら、許されるのかもしれない。
今しがた自分の口から出た台詞にサンジは苦笑う。
てめェが真っ直ぐな馬鹿だからいけねェんだよ、
今しか見てねェ真っ直ぐな馬鹿だから、こーゆーことになるんだ。