白緑
7. 葛藤
何回目だかそんなのは記憶の彼方。仕方がないから1000回目からの振り出しに戻った。じっとしていたら己の頭の悪さに吐き気を覚える。考え事なら体を動かしながらのほうが、少しは捗るはずだ。
ひとつだけ深い呼吸、ゾロは1001回目からの腕立て伏せを開始する。
どこにでも、頭の悪い男というのは存在するもので。例えば自分のように鈍くて重要な事に気づかない場合、そしてあいつのように神経過敏で繊細すぎる場合。後者の場合、頭が悪いの一言では片付けられないが、こちらにしたらやはり頭が悪く見える。些細な問題に頭を悩ませる、そんな頭の悪さだ。わかった、未練はない、そう言いながらも理解などしきれていなかった。それが行動に出たのは何にせよ、結果オーライというやつか。手放せないとそう思った、ただそれだけだった。それだけで十分なんだ、おれの方は。
1043、1044、ゾロは呟いて腕を折り曲げる。
口端には自嘲めいた笑みが浮かんで、時折細く息を吐いた。
おまえの都合なんざ関係ねェ、そう言えなくなったのはいつ頃からか。性欲処理から始まった互いの関係が、そうも言ってられなくなったその頃だ。自分らしくもないそれが、行動の端に見られるようになった。ヤってる最中、負担がかからねェように覆いかぶさらないおれがいる、嫌だと言われれば、お預けをくらった犬のようになるおれがいる、どんな女抱いても得られなかった感覚を、あいつに魅たから。
そして、おれの手の中で溺れ啼くあいつも同じだと思った。それが驕りだと、そう感じたのはついさっきだ。自惚れ、それに近いのか。離しても離れないと思っていたものが抜け出る感覚。咄嗟にヤバイと感じだ、だから反射的に繋ぎとめた。
溺れてるのはおれの方だ。
あいつの考えは難しすぎて理解し辛い。
わかってる、自分を女扱いされたことが癪に障るのではないと。いや、それも幾分かは入っているのだろう。しかしそれが発端だったとして、あいつの真意はそこじゃない。また別のところにあるだろう気がしてならない。
押し殺してあいつの言うように終わりにするか、それとも、
それとも?‥‥おれの我を押し通すか?どちらにしろ、あいつの目を真正面から見ない限りは最善の方法なんて浮かびやしない。
腕立てを止めて膝をつくと、拳で床板を殴りつけた。荒い息を深呼吸で元に戻そうと試みるが、頭の中が沸騰してていけねェ。ああ、また何回やったか忘れちまった。1001回目からまた始めようと体を動かし、口にする。
同時、頭上から聞こえた。
「1087回目からよ」
まるで馬鹿にでもしてるような高い声が。