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【臨帝】会えない日には【腐向】

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連日徹夜でPCに向かいデータ作成や資料集めをしていた臨也は、酷使しすぎてドライアイになっていた目蓋に軽い痙攣を感じ一息入れる事にした。
今月に入ってから十日間、このクライアント絡みの仕事に時間を取られていたがあと少しで終わる。
敏腕秘書に報告書作成を任せられる部分まで情報収集が終われば、漸くこの作業から開放されるのだ。
暴力団絡みの仕事は一歩間違えば身の破滅を招く。情報を集めるにも慎重に行わなければならない。僅かに入った亀裂が後々取り返しのつかない失敗に繋がりかねないから。

しかし案外と早く終わりそうだと先ほどまで険しく寄せていた眉の緊張をほぐした臨也は、キッチンに赴いた。
電気ポットにミネラルウオーターを注ぎ湯を沸かす間に食器棚からポットとマグカップを取り出し、直ぐ沸いた湯を注ぎそれらを暖め、スチールの茶缶を取り出し茶葉から紅茶を淹れカップに注ぐと、ソファに腰を落とす。

芳醇な茶葉の香りをすうと吸い込み堪能し軽く息を吹きかけ覚ましながら、紅茶を飲み込めば熱い液体が喉を通り越し腹に落ちじんわりと身体が温まる。そして臨也はアールグレイに含まれたベルガモットの香りに――ある少年の面影を追いかけた。
「臨也さんが淹れてくれる紅茶はいい匂いがして、美味しいです」
と幼い眉を下げふにゃりと柔らかな笑顔を浮かべる少年を思い出せば、ほっこりと胸が暖められ癒しを感じ自然と笑みが浮かぶ。
その少年は出来たばかりの恋人で、現在臨也が最大の関心と恋心を捧げる唯一無二の存在だった。

***

この仕事を引き請けるにあたり、臨也は可愛く思う盛りの恋人・帝人にこう告げた。
――厄介な仕事請けちゃって。これから二週間位会えないと思う。と。
帝人は高校生ながらも酷く大人びている面があり、我が侭を滅多に言わない。
欲しいものは無いのか。食べたいものは無いのか。
何を聞いても「特にありません」と告げ、自らの欲求を示さないのだ。

その割には帝人が欲しがりそうだと思う家電やゲームを贈りつければ目を丸くして喜ぶし、馴染みの高級レストランのケータリングに味に信用のある老舗料亭から取り寄せた重箱。有名ホテルの新作ケーキや新発売のコンビニ菓子などを持参すると、キラキラと目を輝かせて満面の笑みを浮かべ、ひどく嬉しげにそれらを受け取り何度も何度もお辞儀をして喜んでいるのだから、素直じゃないと思う。いや、遠慮することが美徳だと思う日本人の性質ゆえかもしれないが。

子供は大人に甘えるもんだよ?と何度か声を掛けてやったのだが、あくまでも帝人は謙虚な姿勢を貫く。
欲しい物を聞けば要らないと言うけれど、しかし与えてやればなんでも素直に受け取る。心の奥にはきっと欲を隠しているのに、それを押し込んで時には「いらないですってばっ」と突っぱねる素直じゃない面が、可愛く思えて世話を焼いた。

付き合いだしてからニ週間も会わないなんて告げたのは初めての事だったから、少しは「寂しいです」だとか、「たまには会いたいです」なんて我が侭でも言ってくるかと期待したが、帝人は「判りました」と素っ気無い返事を返すだけだった。
初めからそう返事をしてくる可能性が高いとは思ったが、予想したとおりの模範解答に臨也の方が複雑な感情を抱える羽目になる。

(何だよ。これじゃ俺ばかりが本気みたいじゃないか…)

臨也は苛立ちが導くままスマートフォンを操作し「寂しくないの?」とメールを打つ。すると帝人から直ぐ返信があり内容を確認すれば――

「おはようと、おやすみだけはメールして下さいね」

と初めての要望を示してきた。絵文字も顔文字も、色気も無い。
業務連絡のような素っ気無い一文だが、しかし帝人が内包する感情が込められた文字の羅列に臨也は「参ったね。随分と可愛い…おねだりだ」と感慨を存分に含んだ声を漏らしていたのだった。

***

紅茶を啜りながらスマートフォンを手にした臨也は、液晶ディスプレイに表示された時間を見て違和感を覚える。
いつもなら帝人から「おやすみ」とメールが来ておかしくない時間を通り越し、すでに深夜だったせいだ。
明日が休みだから夜更かししているんだろうかと思うと同時に――まだ、起きているんだろうか。と期待が宿る。
いつも帝人から先におやすみとメールが来ていたから、自分が先におやすみとメールを送るのは初めての事だ。
こんな機会はあまり無い。折角だしちょっとばかり遊び心を加えようと思い立った臨也は、指先を軽やかにタップさせ帝人へのメールを打ち込んだ。

「おやすみ。帝人くんに会えなくてさみしいから、寝られないと思うけど」

このメールを読んだ帝人は、どんな反応をするんだろうか。
もしかしたら既に眠っていて朝を迎え目が覚めて読むのかもしれないが、起きていたとすれば――彼はどんな風に思うのだろう。
この目で反応を確かめられない事を、寂しく思う。
まあ何時も通り「おやすみなさい」とメールが帰ってくるだけだろうが、意外な反応を見せてくれることを僅かに期待した。

臨也がゆっくりとカップを傾け湯気を燻らせながら紅茶を味わう間に、帝人からの新着メールが届く。
嬉しげに口角を持ち上げた臨也は、そのメールを読んで端整な美貌に苦笑を貼り付けた。

「おやすみなさい」

ある意味で期待を裏切らない帝人からの回答に、ふふっと笑い声を上げるが声音に落胆の色が滲む。
日頃の挨拶に付け加えた臨也の誘い文句を、気を使ってスルーしたのか――それとも。全く気にならないんだろうかと。自分ばかりが帝人に強い執着を抱くだけなのだろうかと。そう想えば不安が過ぎる。

危機的状況ですらそれを楽しもうとする臨也であるから、ここまで他人に対し不安を感じたことなど人生の中で滅多に無いことだった。
帝人に対してだけ何故こんなにも余裕をなくし脆くなるのだろうと、初めて侵される恋の病に失笑する。して数瞬の後に再び帝人からの新着メールが届く。

「おや?」
と小首を傾げメールの一文を視界に捉えた途端、臨也は細く切れ上がった双眸を瞠目させた。

「僕もです」

帝人の想いが詰まった一文に臨也は理性を吹き飛ばし本能が赴くまま発信ボタンを押した。

「…はい」
「もしもし?帝人君?」
「はい」
「会いたいって、言ってよ」
「……」

いつだってそうだ。この子は自分の想いを包み込んで無理をして強がって、背伸びをする。それが寂しい事だと、甘えて欲しいと告げているのに素直じゃ、ない。だからこっちから差し出してやるのだ。彼の望みを。

「もう直ぐ仕事片付くんだ。車でそっち行くから、待ってな。いいね?」

どうせこのまま会話を続けても気を使われて「来なくていいです」と言われることは明白だから、臨也は「じゃあ、また後で」と電話を切ろうとする。しかしボタンを押そうとした所で聞こえてきた帝人の声に――抑えきれない愛しさが込み上げた。

「はい。待って…ますね」

若干嬉しげな色をつけた帝人の甘めな声音が鼓膜を通り脳髄を存分に刺激し、全身を巡る細胞に歓喜を注ぎ込んでいく。
(なにそれ、可愛い、可愛い、可愛い…!)