in the gathering dusk
1.
朝、目を覚ます。
自分の視界が一番最初に捉えた世界は狭いキャラバンの天井ではなく、長年親しんだ(それでいて、久しぶりの)自室の天井だった。
「学校、行かなきゃな」
ただ時計の秒針が響く室内に、自分の声だけが反響した。
エイリアに破壊された雷門中はもうだいぶ修復が進んでいた。
まだ所々工事中の囲いはあるが、生徒達が学校生活を送るには問題がない程度には復旧している。工事の経過を見ていなかった自分には、それはまるで何かの魔法を使ったかのようで、不思議に思えて仕方がなかった。
久しぶりに通学路を通り、校門をくぐって、校舎へと続く道を歩く。
ふと視界を動かすと、当然ながらそこにはグラウンドが広がっていた。足を止め、何ともなしにそれをぼうっと眺める。幾つかの部活が朝練に励んでいるのは分かったが、そこには自分にとって当然と思えるものが何もなかった。
共に駆ける人達の姿も、俺の名前を呼ぶ声も。何より「そのグラウンドに立つ自分」が、もうどこにもいなかった。
「風丸さん!」
グラウンドがら目を背け、校舎に向かって再び歩き出そうとしたその時、背後から呼び止める声がした。
「……宮坂…」
「おはようございます、風丸さん。お久しぶりですね。サッカー部は強い選手を探す為に全国を回ってるって聞いたんですけど、一時帰還ですか?」
「…いや、皆は今福岡に居るよ。戻ってきたのは、俺だけだ」
「あ、そうなんですか。すみません…」
何を謝る必要があるんだと思ったが、特に口に出すことはせず、ひとつ苦笑を漏らしてから再び歩き出した。それからは特に会話らしい会話はしなかった。ただ宮坂がとことこと後ろを付いてくる気配だけを感じる。
「それじゃ」
「あ、あの!」
昇降口の目の前、学年が違うので別れを告げようとした時、それまで黙っていた宮坂が思い切ったように口を開いた。
「あの、もしかして…サッカー、やめたんですか?」
「………」
「ま、間違ってたらすみません!でも怪我してる様子もないし、風丸さん一人だけで戻ってきたって…僕が口挟むようなことじゃないのかもしれませんけど、でも気になって」
「宮坂…」
「サッカー、やめてしまうんですか?」
宮坂の視線が居心地が悪い。あれだけ大見得をきって陸上からサッカーへ転向したんだ、責められても当然だろう。
だが、どうだろう。俺はサッカーをやめたいんだろうか。
先が見えない、自信がない…気持ちが前を向かなくなって、怖くなって、俺はイナズマキャラバンを下りた。だが、それは果たしてサッカーそのものを諦めたことになるんだろうか。俺は、サッカーをやめたいのだろうか。
「悪い、宮坂。あんなこと言ってサッカー取ったのに、こんな姿見せて…でも、やめるかはまだ分からない。ただ、今ちょっと…あいつらと一緒に走る自信がないんだ」
「そう、ですか。変なこと聞いてすみません!別に責めてるとか、そういうわけじゃないですから。気にしないで下さいね!あ、そうだ。なら陸上は?もう一度僕と一緒に走ってはもらえませんか?」
そういえば、全国大会を見てもらった時にそういう話をした。サッカーを選びはしたが、陸上を嫌いになったわけではない。
「陸上にだって強い奴いますよ!色んな相手と競えます」
「…――っ」
「風丸さん?」
「…ごめん。今は何もしたくないんだ。悪いな、宮坂」
「そうですか。いえ!僕の方こそ我侭言ってすみませんでした。また気が向いたら、一緒に走って下さい」
「ああ」
「じゃあ!」と勢いよく頭を下げて、宮坂は自分の下駄箱のある方へと走って行った。
俺はというと、どうにもその場から足が動かない。
宮坂の放った一言が、金縛りのように俺の体の自由を奪う。
強い奴―――俺を追い抜き、一之瀬たちからボールを奪い、壁山を破り、円堂からゴールを奪う。鬼道の作戦も効かず、シュートも止められる。
どんなに特訓しても、どんなに努力しても俺より強い奴なんか、ごまんといるんだ。倒しても、倒しても、その先にずっとそれよりも強い奴が続いている。
努力もしたさ、練習も、特訓もして、強くなった。でも相手の方がもっと強い。それじゃあ、俺はどうしたらいいんだ!!
特訓したらもっと強くなる?あいつらに勝てる?
そんな雲を掴むような話を信じられる程、俺の心は強くはなかった。強い相手と戦うことを楽しく感じる心も、仲間や自分を信じて努力する心も、今は自分のどこにも感じられない。顔を上げ、先へ続く明るい道を駆け抜ける気力がない。
こんな自分が、嫌いだ。
もっと強い心があれば。
……もっと強い力が、あれば。
あのキャラバンに乗って、お前たちともっと先まで行けただろうか。
作品名:in the gathering dusk 作家名:とびっこ