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ある日の休日

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珍しい朝だった。

窓から流れてくる太陽の光は、暑すぎずまぶしすぎず、穏やかだった。いつもは空っぽのはずの冷蔵庫には、俺達二人で分け合えるぐらいの十分の食糧があった。
歯磨き粉も洗濯粉も消耗品は必要な分だけそこにあった。どこにも盗みに行く必要はないようだ。夢なんじゃないのかなと思って頬をつねるとひりひりと痛んだ。



「珍しい日もあるもんだ」
「なあ兄貴。たまにはキャッチボールでもしようぜ」
俺の言うことを聞いているのか聞いていないのか、弟がいつもの馬鹿面を浮かべてはしゃいでいた。その手には二つのグローブと一つのボール。
「なんでまた」
「なんでって」
俺の言葉が不満だったのか、唇をとがらせる。
「こんな平和な日。なかなかないぜ。一年に一度あるかないかだ」
「それは言いすぎなんじゃないの」
牛乳でトーストを流し込む。近くの皿を引っ掴んで、かりかりに焼けたベーコンエッグを噛みちぎる。俺も俺もと手を伸ばしてくる弟の手をはたいて、開けっぱなしの冷蔵庫を足で指す。




たまにこんな日がある。どこにも死の原因が見つからない日。そういう日は気をつけて過ごしていればたいてい大丈夫。自分から余計な行動を起こさない限り痛い目にあうことはない、と思う。
ただ俺達の場合、一人一人別にカウントされているわけではないようで。双子で一セット。なので、片方が馬鹿をやれば俺にもそのつけがまわってくるというわけだ。つまりあいつが余計な行動をすると俺も死ぬ。迷惑なことこの上ない。

「兄貴ー。いくぞー」

尻尾をぶんぶんと振って返事代わり。少し離れた所に弟の姿が小さく見える。白いボールが弧を描いて飛んできて、俺はグローブの真ん中にそれが着地するように距離を計算する。草っぱらを駆け抜ける。ガラス片は落ちていない。安心して走れる。

「ちゃーんと、とれよー」

投げ返してやると、力が強すぎたのか弟の頭を越えて行ってしまった。慌てて探しに行くあいつの背中をじっと眺めた。背中の毛皮が、風を受けるといっせいにその方向に流れるのが分かる。
にかにかと笑う弟の顔がいやに珍しく感じた。もう日が高い。いつもだったら、もう死んでるのかな。ぼんやりと考えながらボールをグローブで受け止める、心地よい、衝撃。
なんだか俺も嬉しくなって、ボールをまた投げ返す。さっきよりは慎重に、飛んで行きすぎないようにと手加減して投げたのだが、今度はあいつの頭に落ちてしまった。
あいつの頭に落ちたボールは、すこん、とまるで音をたてるようにして跳ねて後ろのほうへと転がっていってしまった。笑ってる俺を尻目に、またあいつはボールを探しに行く。太い尻尾が楽しそうに右左と。







しかし、どうしたものだろうか。あいつがなかなか帰ってこない。
ボールを探しに行く。それだけなのだからすぐ終わるはずだろうに。どこで油を売っているのだか。まったく、せっかくの休日を。

「おーい。リフティー」

仕方ないから探しに行く。そのとき冷たい風が吹き抜けて、俺は身を縮こませる。くしゃみをしながら、帽子を深くかぶり直す。そういや今は冬だったっけ。いや秋のような気もする。だけど、周りの景色は春のようでもある。夏でないことは確かだが、ああ一体今は何の季節なのだか。
草を踏みしめて歩くと、弟はそこにいた。怪我はしていない。ほんの少し脳裏によぎってた嫌な予感はどうやら的中していなかったようで安堵の息が知らずのうちに漏れる。
「ばーか。何、油売ってんだよ」
「あ。兄貴」
背中を軽く蹴飛ばすと、あいつはまた馬鹿のように笑った。大きな四角い、洗濯機? だろうか。変な機械の前に座り込んで輝く目でそれを見つめている。
「なんだこりゃ」
「タイムマシンだって」
「はあ?」
「あいつが作ったんだよ」

ごそごそ、と機械の後ろで音がする。いきなりひょい、と頭をのぞかせて俺の姿を確認して目を細める。利発そうな黒い眼が、上から下まで俺のことをなめるように見る。
「こんにちは」
「あ、うん」
しどろもどろになった俺の代わりにリフティが空気の読めないその声であいつにまとわりつきはじめる。
「なあ。完成したのか」
「大体はね。でも、ここからが難しいんだ」
そう言うとメガネを外してハンカチで綺麗に拭き始めた。スニッフルズ、だっけか。いつも木陰で本とか読んでるモヤシ野郎。

「帽子がなけりゃ、見わけがつかないねえ」

感心したように言う。俺に話しかけてるのかと気づくまでに時間が少し必要だった。水色の体は、まだ何も汚れていない。赤いシミも汚い裂け目もついていない。こいつも休日なのかもしれない。





「タイムマシンなんて作ってどうするんだよ」
「この村から出る方法を知りたいんだ」
スニフのその言葉に、リフティが林檎を噴き出した。汚いなあ、と俺とスニフが顔をしかめるのも気にせずにあいつは笑った。
「この村から抜け出す? そんな方法、あったらとっくにみんないなくなってるよ」
「僕がその方法を作るんだ」
そう言って白いハンカチをリフティに差し出す。僕は林檎が嫌いだから、とオレンジの皮を剥いているスニフの手にいろんな種類の汚れがついているのを俺は眺める。油に埃、シミやタコ。でもそれは決して汚いものではない。むしろ、この世界では美しい。
「ずっと前にもタイムマシンを作ったんだけどね」
「成功しなかったのか」
「村を出るためのものっていうより、未来を変えるためのものだったからね」
それに、未来はどうやったって変わらないものらしい。そう言って悲しそうに目を細める。なんとなくいたたまれなくなって、お弁当の箱に手を伸ばすのを遠慮する。
「失敗は成功のもとだって言うよな」
リフティが同情したようにスニフの背中を軽くたたいた。たまたまついてなかったんだ。
オレンジが辺りに香る。スニフはわずかに笑った。別にそんなの知ってるよ、その日は運が悪かったのさ。そう言って、チキンハムのサンドイッチをもぐもぐとかみしめる。うまそうだった。

「いつできるんだ。それ」
「さあね。今日中には無理だろうな」
「明日はどうだ? 明後日は?」




馬鹿だね君たち、と鼻で笑われた。




「明日になったら忘れてるよ。こんなこと」

「どうして」
二人同時に言ったから、声が重なってしまった。
「そんなもんだよ。今までも、これからもさ。こんな平和な日、僕らにとってはそりゃあ珍しいだろ。でも明日はきっと違うのさ。そんな毎日を繰り返しているうちに今日みたいな日のことはきっと忘れちゃう」
四角い洗濯機。きらきらしたその表面に俺達三人の顔が浮かび上がった。平和ボケした豚。そういうタイトルで美術館に置かれてそう。
「次にまた、今日みたいな平和な日がきたとしても、期間が長く空きすぎてるんだ。作り方も、なにもかも、忘れてるにきまってるよ」
「そうか? 俺、ずっとまえの今日みたいな日にやったこと覚えてるぜ? 確か、兄貴と一緒にテレビゲームやってた」
「お前の頭の構造とこいつの頭の構造は違うんだよ」
綺麗な笑い声。俺達はぎょっとして振り返る。スニフが笑ってた。オレンジの中身がぽろぽろと地面に転がった。
作品名:ある日の休日 作家名:みじんこ