花村見舞い観察記
「ヨースケ……」
クマが横たわる陽介の体にすがりついた。
「死んじゃイヤクマ〜〜〜!!」
「死んでねぇよ!!つか死なねーよ!!」
《 case1:クマの場合 》
「風邪だっつーの!熱出てるだけだっつ……、ゲッホッ、ゴホッ!!」
「ヨヨヨヨースケぇ…」
咳き込んで涙目になった自分より更に泣きそうな顔のクマを見て、花村陽介は苦笑した。
「あーあー、んな深刻になんなっつの。こんなん寝てたら治るから、お前はさっさと」
「わかったクマ!クマがせーいっぱいヨースケをカンビョーする!」
「…いやバイト行けよ」
むしろその方が助かるんだが――看病、と称してクマがやらかすであろう数々を考えると違う意味で頭が痛くなる陽介である。
そうやってクマの好意を蹴っ飛ばしていた罰か、不意に胸がつまった。胸、というか気管が。
「―――ッ、」
ゲホッ、ゴン、ゴン、耳障りな咳の音が体の内側から響く。息苦しくなって、身体を丸めてやり過ごしていたのだが。
「ヨースケ……ハッ、そうクマ!」
陽介は一応、クマに咳が直接かからないように後ろを向いていた。…正面に見える陽介の背中を、ちょうどいいとばかりにクマは
「うらークマー!!」
「ぐっは!!」
思いっきり全体重をかけてひっ叩いた。
「〜〜〜〜ッてめ何すんだクマ!!」
本気で一瞬呼吸できなくなったっつの!涸れた声で陽介が噛み付く。
「だ、だってクマ、おセキ出たときは背中叩くといいって聞いて…」
「背中さするの間違いだろ!……つか、全力でどつきやがって……」
いでで…と漏らし、そのままベッドの上に脱力。
「ヨ、ヨースケえぇ…」
クマの声がさらに泣きそうになっている。悪気がないのはわかってるんデス、ただ方向性が斜めにかっ飛んでるだけで。
は〜ぁ、と飼い主はため息をこぼした。それだけでも咽喉が痛くなって、いいかげんうんざりする。
「なんか悪化してんなー…1日休むだけってアイツにはメールしたけど、やっぱダメかも」
「メール…」
クマがぽつりとつぶやいた。今度は何考えてんだ。そう陽介が聞こうとした一足先に、
「ぃよぉ〜しクマ!クマがヨースケのおカゼふっとばしてあげるクマよ〜!」
いったい何を思いついたんだか。クマは頬をゆるゆるに緩ませて、
「まずは〜、コレでいくクマ!」
「…何だそれ?」
クマの右手には、ビニール詰めのピンクの布。クマがたどたどしくパッケージの文字を読み上げる。
「んーとぉ、『ピンクのナースでごほーし…』」
「ぶっ!!!!」
ナース服!?!?
「おま、何持ってやがんだクマ!!」
「カンビョーも『形から入る』クマよ〜」
「待てその服は意味ちげぇから!!つか金髪ヅラまで持ってくんじゃねえ!!」
まさかコイツ、文化祭以来、女装癖がついたのか…!?嫌な想像に、また違う意味で寒気がする陽介だった。
――クマをバイトへと追い出し、静かになった部屋で飼い主はようやく寝る体勢に入れた。
あ、その前に薬飲まなきゃだな。
枕元の薬と水とゼリー飲料。そのうちゼリー飲料を手にとった。正直食欲は皆無だが、何か腹に入れないと薬が飲めないし。
蓋をキュッとひねったところで、下の階から話し声が聞こえてきた。
《 case2:里中千枝の場合 》
「おーす。生きてる?」
緑のジャージが部屋に入ってきた。じゃなくて、里中千枝が。
「んー、死んでる」
「あはは、ほんとだ」
軽く笑って、千枝はベッドの横に座った。
「なーに、見舞いに来てくれたってか?」
「そ。感謝するよーに」
胸をはってみせて、すぐに照れたようにポーズを解く。
「あ、おばさんパート行ったよ、代わりに見送っといた」
「おぅ」
「夕飯、いろいろ台所に置いとくから食べれるもの食べてだって……って、こんなん飲んでんの?」
千枝がゼリー飲料の空容器をつまみ上げて言う。
「ちゃんと栄養とらんと風邪治んないよ?」
「食う気になんねんだよ…つかソレいちおう栄養入ってんじゃね?CMで言ってっし」
「――え、あんたそんなに食欲ないワケ?」
間に軽口を挟んだのに、千枝はちゃんと聞くべきところを聞いていたらしい。『食う気にならない』の発言に心配そうにむぅ、と眉を寄せる。
と、自分のポケットに入っているものに気づいて声をあげた。
「ね、ガムは?」
「へ?」
「ガムなら食べれる?お腹はたまんないけどさー、口寂しいのは解消すると思うよ」
ちょうど今持ってるし、とすでに開いたパッケージごと投げてよこした。
「それにソレ、エネルギーつきそうだし」
「は?」
エネルギー?
受け取ったガムのラベルを見る。
『肉ガム』
「………こりゃまた、なんつーか…」
里中らしすぎんだろ。
正直、具合が悪いから何も口に入れたくないわけで、そういう意味ではガムなんて役にたたないのだが…、話題としてはいい話のネタになりそうだった。
「どこで売ってんだよこんなの、逆にウケんだけ…」
肉ガムの甘ったるい、こってりした匂いが鼻をついた―――。
「う」
具合が悪いときって、ちょっとしたことがトリガーになりますよね。
がばっと口を押さえる陽介。
ゴクリと飲み込むが、再びせり上がってくる勢いの方がひどい。
これだけ大きなリアクションをすれば、千枝も陽介の異常に気づくわけで。口を塞ぐ手の意味を考え…おそるおそる尋ねた。
「え………まさか、吐く?」
……頷く。
「うわ、え、えぇどうしよ、バっバケツ?洗面器いる?」
いや、部屋で吐きたくねぇし。
急いでベッドを出たが、のろのろとしか動かない体に余計焦る。やべ、もつかなこれ。
「は、はいコレ!」
千枝が陽介の部屋に落ちていた服屋の空き袋を突き出した。おま、人のもんを勝手に、ふざけんな…口を開くことができないまま頭の片隅でだけ文句を言って、陽介は部屋を飛び出した。