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心の旅

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その日、クワトロがネオ・ジオン総帥という二足の草鞋を終えてマイハニー(クワトロ視点)アムロとその他大勢の待つロンド・ベルに帰還してみると、艦全体が妙な雰囲気に包まれていた。

 首を捻りながら取り敢えず、艦橋に足を向ける。

「ブライト艦長、ただいま帰還した」
「ああ、クワトロ大尉、良いところに・・・!」
 艦長のブライト・ノアが地獄に仏、という表情でクワトロを振り返る。なんだか嫌な予感がしたが、クワトロはブライトに帰還報告をするべく、艦長席に近づいた。

「連邦の情勢に変わりは……」

 そこで、ブライトの脇に控えた影を見つけ、表情を弛める。
「ああ、アムロ、君も居たのか。ただい……」
 言いかけた途端、クワトロの恋人は、只でさえ幼く見える童顔を際だたせる鳶色の大きな瞳を見開いてしげしげとクワトロを見つめ、ブライトの袖を引く。

「お父さん、この人誰?」

 クワトロのスクリーングラスがずるっとずり落ちそうになった。

「お、父さん?」

「クワトロ大尉、これには深い訳が……」

 疲弊しきったような眉間の皺を揉みほぐしながら、ブライトが溜息をつく。説明しろ、と視線で促すと、もう一段深い溜息が苦労性の艦長から吐き出された。

「実は、ですね。大尉が居ない間に、アムロのνガンダムが珍しく被弾したんです……」

 奇跡や神業の回避率を誇るアムロとその愛機だが、流石に乱戦で荒れた戦場を漂流していた過去の戦艦かモビルスーツか何かの切れっ端のようなミラーで乱反射した跳弾のビームは避けきれなかったらしく、思い切り背後から被弾した。
 流石というかパイロットがアムロで良かったというか、いわゆる流れ弾に当てられたνガンダムは大した損傷もなく戦場を離脱し、増援の機体に護られるように牽引されて無事帰投したのだが、その後がいけなかった。
 元々、アムロの回避率を信じて、極限までの軽量による機動性重視のνガンダムである。アムロは衝撃で頭を打って気絶しており、目立った外傷は無かったものの、目覚めてみると意識は5歳くらいの子供まで戻ってしまっていた、ということだった。船医によると、一時的なもので、程なく元に戻るだろう、という事ではあったのだが。

 そして子供に戻ってしまったアムロは、インプリンティング宜しく、初めて目にしたブライトのことを目下の所「お父さん」だと認識しているのである。

 以上のような状況説明をざっと聞いたクワトロは、軽い眩暈を起こしそうになりながら、再びアムロに視線を戻した。スクリーングラス越しの視線では睨まれているとでも思ったのか、僅かにアムロが怯えたような顔になる。それを見て、察したクワトロがスクリーングラスを外した。

「アムロ…君、そう怖がらないでくれたまえ」

 苦笑するように細められる青い双眸に、アムロの目が益々見開く。興奮したように、隣にいるブライトの服を引っ張った。

「お父さん、すごく綺麗な人だねぇ…!」
「お褒め頂いて光栄だよ」

 三つ子の魂百まで、というやつかな、と面食いの片鱗を発揮するアムロに、クワトロが微笑する。どこまでもアムロには甘いその微笑みに、アムロが狼狽えたようにブライトの影に隠れた。

「アムロ、ほら、ちゃんと挨拶しないか!」
「だってお父さん、…誰なの、この人?」

 もじもじと恥ずかしがるようなアムロに、クワトロは忘れられているというショックよりも、頬を染めてはにかむアムロの表情に気を取られてしまう。

———そんな初々しい顔を私に一度でも見せてくれたことがあったかね?

 そんな風にさえ思いながら、クワトロが益々優しげな微笑みを浮かべる。

「忘れてしまったのか、アムロ。私は君の……」

「お母さんですよ、アムロさん」

 その時、横合いから氷点下の声音で無情な台詞が告げられる。クワトロは思わず前につんのめりそうになり、苛立った声音で声の主を睨んだ。

「カミーユ…!!!」
「大尉だけ上手いことおままごとの相手を抜けようたって、そうはいきませんよ?」

 カミーユも負けずに絶対零度の微笑みを浮かべる。アムロが、カミーユの姿を見て、嬉しそうに声を上げた。

「あ、カミーユお姉ちゃん」

 その声に、クワトロが思わずアムロとカミーユを交互に見る。

「お姉ちゃん・・・?」
「言っておきますが、笑ったり余計なツッコミ入れたりしたら、ぶっ飛ばしますから。」

 剣呑な視線をクワトロに送ったあと、カミーユがどこか引きつった微笑みでアムロに手を振り返す。

「良かったね、アムロさん。お母さんが帰ってきたよ?」
「カミーユ、待て、何故私がアムロの母親だ!」
「クワトロ大尉、艦長から聞いていないんですか?」
「…っ、どういうことだ、ブライト!!」

 クワトロがブライトを睨むと、ブライトが困ったように頭を掻いた。

「実は、医師の見立てではアムロの記憶を元に戻すには、緊張させずにリラックスさせるのが一番なんだそうです」
「それで?」
「アムロのやりたいようにさせておきなさい、ということでさせて置いたら、疑似家族ごっこが始まってしまいまして…」

 どうも、ブライトに続いてアムロのことを心配して見舞いに来たカミーユは、その場で「お姉ちゃん」に指名され、内心深く傷つきつつも、アムロの為なら、とぐっと堪えて姉役に終始しているらしい。尤も、他の人間が揶揄しようものなら、普段の三倍は気合いの入った修正パンチが吹っ飛んでくることは確実のようだが。というか、そんな命知らずはそもそもジュドー・アーシタくらいしかいないのだが。

 そこまで聞いて何となく構図が腑に落ちたクワトロは、嫌な予感を感じてアムロの方に視線を送る。

 案の定、アムロは上気した顔で瞳をキラキラさせており、クワトロが視線を送ると待ってました、とばかりにブライトのそばを離れて、クワトロに向かって駆け寄ってきた。

「お母さん、会いたかったっ…!!」
「アムロ…」

 端から見ると、恋人同士の熱い抱擁(クワトロ視点)であろうが、生憎とクワトロにはこんな積極的なアムロは後にも先にも記憶がない。つい条件反射で胸の中に飛び込んできたアムロを抱きしめると、アムロは赤味がかった鳶色の癖毛をクワトロの胸元に擦り付け、甘えるように頬も寄せる。

「お母さん、僕のお母さんて、こんなに綺麗な人だったんだね!」
「アムロ」

 後で覚えておけよ!とカミーユに内心復讐を誓いつつ、アムロに罪はない(クワトロにとってアムロの行動に罪があった例しはないが)と優しくその髪の毛を梳いてやる。

「私が居なくて淋しかっただろう?」
「ううん、お父さんやお姉ちゃんが居てくれたから。僕、男の子だもん」

 にこにこと微笑む顔だけは変わらない青年に、アムロがもしあんな戦役に巻き込まれずに済めば、この位無邪気に育っていた(『有り得ない!』:幼馴染みのF嬢談)かもしれない、と不憫に思いつつ、改めて連邦軍に怒りを覚えつつ、クワトロがつん、とその年齢の割りにぷくぷくした頬をつつく。

「アムロは賢いな」
「へへ、お母さん、誉めて?」
「ああ、誉めてやる、幾らでもね」
作品名:心の旅 作家名:とりせ