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掌中に在りて 春は麗し

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世は爛漫たる陽の光に満ちて、東風が髪を煽れば人々は緩く微笑み合い、淡い色の花は今こそ盛りと咲き誇る。
 泰平の世の、春だ。

 そのさなかで天下人たる家康はひとり、亡霊と逢瀬を愉しんでいる。家臣に行き先も告げずに踏み入ったのは人気のない山中で、茂る緑の葉が陽光を透かし、合間から晴天が覗き、野の花が地面に可愛らしく咲いていた。前を往く家康は簡素な小袖に袴を穿いただけの気楽な姿だ。対してその背を追う三成は、平和な陽気にはそぐわない、具足に陣羽織をつけた格好をしていた。三成が歩くたびに、鉄の擦れる武骨な音が響く。
「ああ、このあたりがいいな。陽があたって気分が良い。そう思うだろう?」
 家康が無暗に野花を踏まないよう慎重に歩きながら朗らかに問いかけて振り返れば、陽光を浴びて煌めく眩しい髪をした、怜悧な顔立ちの男は、対照的に苦々しく口の端を歪めた。
「何処だろうが関係ない、さっさと戻れ。天下人がふらふらとするな」
「偶にはワシだって息抜きをしたいのだ」
 子供のように――かつて竹千代と呼ばれていた頃のような無防備な顔を晒して、家康はむくれた。そしてその場に足を投げ出して座りこむ。三成は立ったままだが、家康が手で招けば渋々と近寄った。
「三成まで、そんな口煩いことを言うとは」
「口煩さでは貴様の方が上だったがな」
 それを聞いた家康は、膨れ面をおさめて小さく笑んだ。
「確かにそうだったなあ。お前ときたら、こっちから構わないと喋らないわ笑わないわ飯は食わんわ寝ないわで、全く口煩くしないことには気が気でなかった」
「だからそういうのを余計な御世話だというのだ」
 今の貴様にはわかるのではないか、と三成が問いかければ、家康はううんと首を捻った末に、「わかってやらんぞ」と歯を剥いて笑った。
「いいんだ、ワシは三成に構う。とことん構う。それでもってワシは構われるのから逃げる!」
「身勝手な奴だ」
 呆れたように詰る口調でありながら、声だけがふと優しい響きを乗せた。それを聞き咎めた家康は、眉根を寄せて思わず声を漏らした。
「あ、」
「何だ?」
「あ、いや。……何でもない。ああ、それでな三成、相談したいことがあるんだ。この間、城下を歩いた際に気付いたことなんだが。覚えているか?ほら、あそこの路の整備が――」
「家康」
「ん?」
 呼ばれて、家康は三成を振り仰ぐ。


*   *   *   *   *   *   *   *  


 三成は、うつくしい男だった。家康はそう覚えている。
 初めて会ったのは、戦の果てに膝を折り豊臣に従属したばかりの頃で、互いにまだ少年と言った方が良いような、幼い顔立ちをしていたように思う。二人を引き合わせたのは、自分が生み出した家康の従軍を歓迎した豊臣の軍師だった。
 三成くんと、仲良くしておくれね。
 あの優しい微笑みの奥に人の心を貫く鋭い針を隠していた軍師が、初めて家康に裏も含みもない柔和な笑顔を見せたのも、その時だった。その顔に思わず頷いてしまった家康が、半兵衛が去って二人だけ残されたその場所で、それでは仲良くしようではないか!と意気込んで差し出した手を、三成はぱあんと小気味良い音をたてて打ち払ったのだ。
 それが出会いだった。
 痛む掌に怒るよりも先に驚いて、唖然とした家康はその相手を見つめた。刺々しい表情で家康を睨んではいたが、切れ長の涼しい眦をした大きな眼にすっと一本通った鼻梁、形の良い薄い唇やまだ柔い頬の線を持つ白い顔ばせは、少女のような華やかさと少年らしい硬質さを併せ持つ。
 なんだ無愛想だがやけに綺麗な奴だなあ、と。家康は気付いた。気付いただけではなく素直にそれを口にしたら、少年は一瞬押し黙った後、たちまち怒りで染めた顔に羞恥を混ぜて、さらに苛烈な眼で家康を睨みつけて叫んだ。
「貴様など、豊臣に要らない!」
 今思えばあれは、三成は言い含められていたのだろう。同じ年頃にしてすでに将であった家康と、戦に出始めたばかりの三成との間には経験という差があった。それを知るようにと、軍師や覇王から伝えられていたのではないか。だから三成は自分の何が眼の前の少年より不足しているのかと、初対面からあんなにも敵意を露わにしたのだ。
 可愛らしいものだ、と今の家康は思うが、その頃の家康もまた余裕がなかった。何せ三河を離れ、見知らぬ土地で主と呼ばねばならぬ存在を前に畏縮を感じていたさなかだったのだ。
「おめえはワシを要らねえというが、きっと竹中殿はそうは言わんぞ」
 むっとした家康は、大人げないことにそんな事実を引き合いにして挑発してしまった。それに機嫌を損ねた顔をした三成は、不意に嘲笑を浮かべた。幼さを残した顔でも、三成はそういう表情がよく映えた。
「秀吉様の前に立った愚か者め、半兵衛様の慈悲なくば貴様の脆弱な軍など跡形もなかったに違いない!」
 家康は自分を軽視されることは耐えられる。だが、仲間を愚弄されることは許せない。
 ――最終的には、取っ組み合いの喧嘩になった。
 今思えば、笑ってしまう。あの三成と、家康が、子犬のように牙を剥きだしにして喧嘩をしたのだ。
 幾度か拳を振るい合い、喚き合った末に我に返った家康は青褪めたものだ。三成が豊臣の頂点二人の秘蔵っ子であることは、話の節々から知れたことだった。家康は軍師の願いを無下にしたとも言えた。こんな瑣末事で秀吉公と竹中殿に不快を与えるなど、あまりに愚かしいではないか!だがその家康の狼狽を見た三成は、まだ敵意はちらつかせてはいたものの率直な口調で問いかけた。
「貴様、何を慌てているのだ?」
 家康は迷いながらも恥を忍んで、一種の賭けに出た。相手に弱みを与えるようなものだったが、どうかこのことは内密に出来んだろうかと頼み込んだのだ。その家康をまじまじと見て、三成はふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿馬鹿しい。こんなことで将が頭を下げるな。
わざわざ御知らせするようなことでもない、心配するようなことは何もないだろうが」
 三成は、はっきりとそう言った。そこには例えあの二人が何を問おうと、家康の不利となることを吹聴したりはしないだろうという確信をこちらに与える様な、透き通った表情があった。家康は見せつけられた敵意とは裏腹の潔い眼を見て、首を傾げた。
「……おめえは、ワシのことが気に食わんのだろ?」
「ああ。それがどうした」
 そんなことはない、などとは言わない。だがそれでいて前言を疑わせるような含みも全くない。家康はこのあたりですとんと理解した。
 こいつ、真っ直ぐなのだ。
 三成の少女めいた容貌には幾つか目立たない程度の傷が出来ていた。家康は自分がつけたそれを見つめて、ああ勿体ないな、と突然に思った。

 それから数年の間を豊臣の下で過ごすうちに、少しずつ少しずつ、交わしていったものは何だったのか。
作品名:掌中に在りて 春は麗し 作家名:karo