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そのあいのおもいで

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1 

 中二の夏。寝苦しい夜のことだった。
あと一週間で夏休みも終わりで、外では虫さえ鳴き始めているのに、そんなことは知らぬげに空気は昼に孕んだ熱をそのままに蒸し暑く、なんとなく息が苦しかった。
 自分で一からデザインしたくせに、子供部屋にあえて冷房をつけなかった父は建築家の風上にもおけないと思う。抗議したら「自分の金で稼いで買え。そのほうがありがたみもあって涼しく感じるだろう」と笑われた。いい根性をしていると思う。その根性を受け継いだ自分が言うのもなんだが。
 一度は横になった布団から起き上がり、ベランダに続くガラス戸に手をかけた。半開きでは足りない、全開にして少しでも風を入れなくては眠れそうにない。やれやれとため息をつきながらガラス戸を開きかけた手を止めたのは、三階だというのに見知らぬ男が立っていたからだ。
 俺は一瞬ぽかんと口をあけて立ち尽くした。泥棒、幽霊、一瞬にして頭を二つの選択肢が占める。どちらにしろ、男はあまりにも堂々としていた。
「……あ」
「仁王くん!」
 俺が何かを言いかけるよりも早く男は嬉しそうに叫んだ。
 それで俺は、ますます口を大きくあけて立ち尽くすことになったのだった。


  そのあいのおもいで


 男は柳生と名乗った。二十代の前半のようにも、後半のようにも見えた。立って向かい合うと、俺より少し背が高かった。
 我に返った俺が慌てて戸を閉めるより早く、柳生の手がその隙間に差し込まれた。このままだと挟んでしまうと咄嗟にためらった時点で俺の負けだったのだろう、俺は結果的に柳生が部屋に入るのを許してしまった。
 俺の部屋を物珍しげにきょろきょろと眺め回し、次に俺を上から下までじっくりと見つめたあとに、柳生は訝しげに眉を寄せ少しためらってから「仁王くん?」と呟いた。
 俺は、なぜ見知らぬやつが俺の名前を知っているのか、とか、結局こいつは泥棒なのか変質者なのかストーカーなのか頭がおかしいやつなのか、とか、大声をあげたほうがいいのかおとなしくしていたほうがいいのか、とか、何ひとつ分かりもせず結論も出せないまま、いつでも逃げ出せるように廊下に続くドアを背にして柳生との距離をはかっていた。
 危害を加える気はなさそうにも見えるが、油断させて突然ぐさりとくる腹かもしれない。
 こんなときに姉貴は彼氏と出かけているし(いても助けてくれるかは分からないのだが)、父さんは打ち合わせなんだか飲み会だか分からない用事でまだ帰らないし、寝てる母さんを起こしたところでこの状況の解決にはならないし、隣の部屋で寝ている弟はまだ小学生だ。しかも一度寝たら起きない。
 しばらく柳生と睨み合った(柳生自身はきょとんとしていが)俺は、静かに口を開いた。
「……ど、どなたですか……」
 本当なら何者だと怒鳴りたいところだが、アレだ、気違いだったらやばい。なるべく穏便に話して穏便に引き取ってもらいたい。それが可能なら風呂だってトイレだって貸そう。玄関から出て行くのをハンカチふってお見送りしたっていい。
 心の底から出て行ってくれと願う俺をまったく無視して、柳生は逃げも隠れもするでもなく、不思議そうにじっとしている。
「……仁王くん?」
 また呟かれた。
「なんで、俺の名前知っとるん……ですか」
 幽霊じゃない。さっき部屋に入ってきたときに空気が動いた。泥棒じゃない。姿を見られて焦るでもない。変質者? かもしれないけどなんで俺を名指しで? ストーカーだったら……いきなり本体じゃなくて、まずは手紙とかからきてほしい。即通報するから。
 じりじりとノブを押し下げてドアを開けようとする手の動きに気づいているのかいないのか、じっと真顔で俺を見つめながら柳生は首をかしげた。
「記憶が……ないんですか?」
 まさかと言いたげに眉を下げ、恐る恐るたずねてくる顔には敵意も悪意もないように感じられるが、とりあえずこいつが頭がおかしいことに違いはない。絶対。
「き、記憶? どこかで会った、かの……」
 慎重に言葉を選んで返すも
「会ったどころか、ずっと一緒に暮らしていました」
 きっぱりと言い切られる。それが揺るぎもない事実だというように。
 一緒に? この男と? 一体いつの話だ、とりあえず俺が物心ついたときには、側にいたのは今の両親だったが。
「それはいつの話……」
「ええと」
 記憶をたどるように首をひねって斜め上を見上げた柳生はやがて俺に向き直ると、真顔で
「数百年前のことです」
 と答えた。
 ああ、ヤバいのに絡まれちゃったな。正直そんな気持ちになった。俺は首をうなだれた。
「仁王くん、とりあえず座って話をしませんか。いろいろ……話したいことがあるんです」
 懐かしく慕わしい主人を見るような目で嬉しそうに口元に笑みを浮かべたまま柳生は言った。ひどく友好的だった。普段の俺なら、おうと気軽に応えたろう。
 相手が変質者でなければの話だ。


  2
 柳生と俺の会話は平行線をたどった。柳生は自分が人間でないと繰り返したし、俺はそれを信じなかった。
 柳生の話を要約すると、柳生はもともと森に住んでいた妖怪のようなものであり、「仁王くん」は人間ながらそんな柳生の恋人、そして俺はその「仁王くん」の生まれ変わりで、柳生は数百年もそれを待っていたという。
 妄想も甚だしい。設定からして超ラノベ。というか、なんで男同士で恋人なんだ。いや、それだけ昔なら時代的にアリなのか? 俺は江戸時代が今から何百年前のことなのかも知らない。
「何百年も待ってて……なんで俺だって分かるんじゃ」
 柳生は俺が普通の口調で喋ると嬉しそうにした。小さく「ああ、仁王くんだ」と呟いた。俺は聞こえなかったふりをした。
「あなたが生まれたときに、すぐ分かりました。ああ、この世に仁王くんが生まれたのだと。でも、あの人は死ぬ少し前に、待っていろと言ったんです。自分は記憶を持って生まれ変わるから、絶対に探しに行くから待っていろと。なのでじっと待っていたのですが……仁王くんがここにいるのを知っていながら離れている日々に耐えられず、私の方から来てしまいました」
 怒っていますか、と体を丸め窺われても
「そんなん知らんし……人違いじゃなか」
 たとえ真実だとしても、俺が死ぬまでずっと、どっかそこらの山の中で迎えを待っていてほしかった。実際に言ったらひどいだろうから口には出さなかったが。
「違います。あなたは絶対に仁王くんです」
 今度はぎゅっと眉をしかめ責めるように言われる。そんな、もとからない記憶の不在を言われてもこっちも困るのだが。
「何か証拠は。写真とかないんか」
「しゃしん? とはなんですか? それに証拠なら」
 耳慣れない言葉に戸惑う顔を見せた柳生は、しかしすぐに確信に満ちた笑みを浮かべた。
「その髪です。私と一緒にいた年月の、最後のほうの仁王くんもその髪の色でした」
「はあ!?」
 ふざけるな、と、ついこの夏休みに姉貴の働く美容院で限界まで脱色した髪を恨みかけ、ふっと柳生の言った言葉が気になった。
「最後のほう?」
作品名:そのあいのおもいで 作家名:もりなが