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そのあいのおもいで

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柳生は初めて見るだろうプリクラを不思議そうに見つめていた。何度も裏返しては何も印刷されていない裏面を確かめる。
「それ、俺の……写真じゃ。小さくて悪いが……持ってけ」
「…………」
「一緒に行けなくて悪い。お前の望みを叶えられなくて悪い。でも……」
お前が嫌なんじゃない、とは言えなかった。割と保身の意味で。柳生は俺と受け取ったプリクラとの交互に見比べている。
「……持ってけ。見れば、思い出せるじゃろ。俺じゃなくて……お前の探してたやつだと思えばいい」
「仁王くん?」
「だから、死ぬな」
柳生がかわいそうだ。俺はそう思っていた。俺にできることは何もないけれど、それでもかわいそうだ。柳生はしばらく黙って俺を見ていたが、やがて僅かに唇を緩めた。
「……仁王くんと、同じことを言うんですね」
「……」
返す言葉のない俺に気にしたふうなく微笑むと、ありがとうございますと礼を言ってプリクラを包むように手を握った。
そしてそのまま出て行った。はいともいいえとも言わずに。
俺はこれで終わったのだろうかと呆然としたまま半開きになった窓を見ていた。何も残らなかった。あいつは何も残さなかった。ただプリクラが一枚なくなって、それだけだ。あいつがいたという証拠は何もない。
自分の頭がおかしくなったのではないかと思った。あいつもこんな気持ちだったのかと思った。泣きたくなった。
俺はあいつを呼ばない。そしてもう二度と会うこともないだろう。俺はあんな小さなプリクラ一枚で、あいつの長い孤独がせめて少しでも癒せればと虫のいいことを願いながら眠った。死なないでいてほしい。説明のつかないこの気持ちは、昔の俺が抱いた気持ちに少しは似ているのだろうか。
明日で夏休みも終わる。




一日に普通に登校したら、顔を見るなり柳が駆け寄ってきた。柳なりに相当心配してくれていたらしい。俺の体をなのか精神をなのか微妙な態度ではあるが、どちらにせよありがたいことだ。昨日一日俺はベッドに寝転がったまま、好きな人間が一人もいなくなった世界を考えていた。話かけても返る答えはなく、再び彼らが現れるという保証は何もなく、ただいつとも知れない日を待ち続ける。多分それは、諦めるのでなければ死んだほうがいい世界だ。
「仁王、大丈夫か」
「ああ、おかげでなんとかな」
昨日は来なかった、と告げると、追い払えたのかとほっと息をつかれた。追い払うという言い方にひっかかるものを感じ、俺は自分の心境の変化に戸惑う。
「……多分な。納得したみたいじゃし、多分もう……」
「来ないか、ならよかった」
一度机に荷物を置いてから、二組と一組の中間にある壁に二人して寄りかかる。目の前を通り過ぎていく全員がなんだか新鮮でありがたいものに見えた。
問題の種がなくなれば話すこともなく、少し互いに話題を探すような沈黙が落ちた。
「……今日の部活は」
「あるんか」
切り出された言葉に思わず突っ込む。
「ああ、精市が喜んでいた。半日で帰れるからさっそく午後から部活だそうだ」
「……なんであんなに部活が好きなんじゃろうな」
まだ暑いのにと眉をしかめると、あっさりと家にテレビもゲームもないからだろうと返ってきた。
「……暇つぶしか?」
「体を動かすとよく眠れるそうだぞ」
「本でも読めっての」
呆れて呟くと
「精市は本が読めない」
動かないものは見ていられないそうだ、と本気なのか冗談なのか分からないことを言われる。俺はますます眉をしかめた。
「今日はどうだ、朝食は?」
「ああ、食ってきた」
この前よりは。ということは言わなかった。柳はそうかと軽く頷いた。
「また倒れたら今度は心配してもらえないぞ」
「怖いのう。せいぜい気をつけるよ」
体育館に行くため、それぞれのクラスが廊下に列を作りだす。ひょいと肩をすくめたのをしおに、俺も柳も壁から背中を離した。
窓から見える太陽は真っ白く光っている。今日の空は薄い水色をしていた。やぎゅう、と、この世のどこかに存在するはずの相手の名前を呟く。あいつがあんなにも真剣に一緒に暮らそうと言ってきた「山」がどこにあるのかさえ、俺は聞くことはなかった。
何を食べているのか、どうやって三階の部屋に入ってきたのか、誰にでも見えるのか、お前は死ぬのか、俺はそんなことを何一つ知らないまま、あいつに求められ、それを拒んだ。話はこれで終わりだ。俺にはまた、十四年間続いてきたような平穏な日々が待っている。
あまりに唐突にはじまり終わった関係が、まだ自分の中で釈然としない。言葉にしがたい感覚にぼんやり外を眺めていると、いつの間にか列が動いていたらしい、早く進めと後ろから背中をどつかれた。


それから数年後、高校に進学した俺はテニス部の合宿で少し遠くの山まで行き、そこで「山にいる」イコール「自分の探している相手」だと思った柳生に山道で突然襲い掛かるように抱きつかれ衝撃の再会を果たしてしまうわけだが、それはまた別の話だ。
再会した柳生が、もう陽に焼けて真っ白に近くなったプリクラをそれでも大事そうに持っていたのを見て「今度ちゃんとした写真を持ってきてやる」と言ってしまうということを、この頃の俺はまだ知るよしもない。
作品名:そのあいのおもいで 作家名:もりなが