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パーフェクト・ヒール

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 風丸が、イナズマキャラバンを降りた。
 それ以来円堂は、ずっと1人で屋上の隅に座り込んでいる。
 ――――そんな状態になって、改めて思うこと。
(……やっぱ、アイツラの存在はでかかったんだなぁ……)
 ゴールに、円堂がいない。
 DFラインに風丸がいない。
 FWに吹雪がいない――――。
 穴だらけのコートでは、練習に集中できずミスばかりを繰り返す自分たちが途方に暮れている。
 いつもならしないパスミスだとか、明らかにファウルっぽいチャージのオンパレード。正直、こんな状態で練習をして意味なんてあるのかと首を傾げてしまう。
(まあ、練習以外にすることっつっても……食って、シャワーを浴びて着替えて、寝るだしなぁ……)
 そんな生活サイクルがすっかり出来上がってしまっているから、起きている間、練習の他に何をするのかと言われても困ってしまうのだけど。
 ――――でも。
 そんな中で鬼道だけは、いつもと変わらずに練習をこなしていた。
 実際には、自分たちから『そう見える』だけなのかもしれない。本当は、鬼道も今の自分たちと同じように、やるせなさだとかこれからへの不安がごちゃごちゃに詰め込まれているのかもしれないけれど。
 少なくとも、今の鬼道からはそんな葛藤だとか悩みだとかそういったものは一切感じられない。
 あくまでも、いつも通り。周囲に指示を飛ばしながら練習に取り組む姿は、こんな状況下ではとても目立つ。
(流石、というか……)
 ――――そういえば。
 帝国の時から、鬼道はこんな感じだった気がする。

 レギュラー争いが激しい帝国学園サッカー部は、入部希望者も多いけれど途中退部の人数も多かった。
 どれだけ練習をしてもレギュラーになれなくて、練習はただただ苦しくて――――そう言ってやめていった部員を何人も知っている。
(……そういや、そいつらを引き止めたことなんて、あったか……?)
 あきらめるな、頑張ろう、と。そう言って、去ろうとする連中の腕を掴んだことがあっただろうか?
 ――――答えは、No、だ。
(そういう雰囲気が無かったもんなぁ……)
 去っていく者は『敗者』であり、サッカー部には必要ない。周囲を気にかけている暇があるのならば、練習をする。そうしなければ、次に部を去るのは自分だ――――と。
 いつだって、自分のことで精一杯だった。
 他人のこと、周囲のことにまで気が回らなくて、とにかく自分の立ち位置を確保することに必死で……。
 
「土門?」
「――――ん、ああ、悪ぃ」
 ――――そういえば、まだ練習中だった。
 でも、やっぱり皆集中できていないらしくて、どこもかしこも似たような失敗ばかりが見受けられる。そのせいで、やっぱり鬼道が逆によく目立っていた。
 声をかけながら、自分もシュート技を確認しているらしい。誰も居ないゴールには簡単にボールが突き刺さって、何だか物足りない。
「全員、いつも通りのメニューをこなせ――――か」
「一之瀬?」
「いやさ、鬼道は強いなぁ〜、と思ってさ」
「ああ……」
 言いながら、一之瀬の視線はコートに立つ鬼道の方へ移動する。何となく自分もそれに倣って、青いマントを目で追い駆けた。
「円堂も吹雪も――――風丸もいない今、それでも俺たちがグランドに立っていられるのは、多分鬼道のお蔭なんだろうな、って」
「……」
「鬼道は、強いよな」
 繰り返し、もう一度噛み締めるように呟いた一之瀬の一言。
 それが、、妙にハッキリと頭に残った。
 
 
 練習が終わった後から食事の時間までは、各自好きなことをして過ごす。
 ゲームをしたり、仮眠をとったり、自主練をしたり――――まあ、色々だ。
 でも、やっぱり今日は空気が重苦しい。今の状況で楽しむことなんてできないとでも言うように、ジョークひとつ口に出せないような雰囲気だった。
 カードゲームでもしよう、というリカの誘いに乗るヤツもいない。それはきっとリカなりの気遣いだったんだろうが、それを分かっていてもゲームを楽しむ気分にはなれなかった。
 結局、食事の時間も、今までじゃ考えられないくらい不気味に静かなまま過ぎていく。
 そのまま各自シャワーを浴びて寝る、という、いつも通りのスケジュール。で、ある筈なのに……。
 明らかに、いつもと違う。
 欠けたままのポジションが、仲間の存在が、どうしても気になるわけだ。
(それにしても……こうして見ると、随分入れ替わったよなぁ)
 そもそも出発前に、ジェネミストームとの対戦で負傷したメンバーが抜けてしまった。
 そして、理由も分からないまま豪炎寺がチームを離れて……。
(塔子と吹雪がチームに入って、木暮が仲間になって――――)
 染岡がリタイヤした。
 吹雪が倒れた。
 ――――風丸が、いなくなった。
 新しい仲間の人数よりも、いなくなった仲間の方が多いという現実が、重たい。
(いや、人数の問題でもないけどよ……)
 それでも、つい考えてしまうわけだ。
 
 ――――まさか、更に仲間を失うことになるんじゃないか、と。
 
 そんなことにならないよう、全力を尽くすつもりではいる。ただ、今までの流れとあの監督の存在が、強く、そんな『嬉しくない未来』を押し付けてくるような気がした。
 あの監督とは、どうにも『合わない』気がする。
 こちらを突き放すような話し方といい、指示をする際の態度といい……。
 全てが、物事を悪い方向へと転がしていく――――そう思えてならなかった。

 ――――彼女にとって、自分たちはチェスの駒みたいなものなのだろうか?

(もし、そう思ってるんだとしたら、冗談じゃねぇ……!)
 自分たちには、意思がある。
 押さえつけるように上から目線でグチグチと言われれば反発するし、やる気も却って削がれてしまう。ゲーム・メイクに関しては確かに認めざるを得ないとしても、ただそれだけではついて行けない。
 ――――そんなことを考えて始めると、キリが無くなってしまいそうな気がして。
(ちょっくら、散歩でも行くか……)
 夜の散歩も、偶にはいいだろう。

 隣で寝ている一之瀬を起こさないようにキャラバンを抜け出して、アテも無く歩き出すこと数分。
 辿り着いた場所は、何とよりにもよってグラウンドで、思わずわらってしまう。
(習慣ってこえぇ〜)
 サッカーボールも何も持って来てはいないのに、自分の足は余程サッカーが恋しいらしい。
(まあ、流石に今は無理だけどな)
 どうせ明日になれば、また練習漬けの一日が始まるのだ。あと数時間くらいは、我慢してもらおう。
 そのまま背を向けようとした所で、ふと、ゴールの方へと視線を向ける。
 電気が点いていないのと距離がそれなりにあるのとで、一瞬分からなかったが――――ひらりひらりと動く影には、見覚えがあった。
「おーい、鬼道ー!」
 声を掛けると、ピタリと影の動きが止まる。
 グラウンドに下りて近付くと、思った通りの人物が不思議そうな顔でこちらを見上げてきた。
「よ」
「――ああ」
「練習してたのか?」
「まあ、な……そっちこそどうした?」
「何となく散歩でもしてみようかと思ってよ。そしたら丁度、見付けたから声を掛けたんだけど……マズかったか?」
「いや」
作品名:パーフェクト・ヒール 作家名:川谷圭