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パーフェクト・ヒール

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「そりゃ良かった」
「……」
「あー……」
 ――――さて、どうしようか……。
 次の言葉が、見つからない。
 たまたま見掛けて声を掛けたんだから当然なんだろうが……このままじゃ、会話が終わってしまう。
 何となく、それはイヤだった。
(……どーっすかなぁ……?)
「……お前もやるか?」
「へ?」
「嫌なら別にいいが――――」
「いや、あ、違……!や、やる!ヤリマス!」
「……別に無理をする必要はないぞ?」
「や、是非やらせてください!ぶっちゃけ、ヒマだったんで!」
「――――そう、か……」
 我ながら苦しい返事だったけれど、鬼道はそれ以上突っ込まずに一応頷いてくれる。
 その対応を有り難く思いながら、結局サッカーをすることになった自分を心の中でひっそりと笑うことは忘れない。
 
 鬼道と、2人だけのサッカーは、色々新鮮だった。
 お互い攻めと守りを交代しながら、たった1つのゴールを狙う。
 練習、というよりも、1対1の『試合』だ。
 ミニゲームや紅白戦とは少し違う小さなゲームは、何だかとても懐かしい感じがする……。
 ――――程よく体が温まったところで、一度休憩を挟む。はあーっと深く息を吐き出して体を伸ばしている時に鬼道を見ると、向こうは学校の上の方――――屋上に視線を向けて、何かを考えるように眉間に皺を寄せていた。
「……円堂か?」
「ああ」
「そっか……」
 ――――今、円堂は1人で、何を考えているんだろうか。
(吹雪の悩みに気付けなかったこと?風丸を引き止められなかったこと?それとも――――)
 ――――どうして、自分はサッカーをしているのか。
 そんな、根本的なことを見詰め直しているのだろうか……?
(『今の自分は、サッカーと正面から向き合えない』)
 そんな自分は、サッカーをする資格がない、と言ったのは他でもない円堂だった。
 サッカーと正面から向き合うために何をするのか、と考えた時に自分が思いついたのが、『原点に戻ること』であったわけで。
 どうして、サッカーをしているのか――――多分、それが原点に当たるものの問い掛けなんだろうと思う。
(――――どうして、か)
 自分は、どうだっただろう?

 サッカーをしていて、辛いことは沢山ある。
 悔しい思いをしたことも、一度や二度じゃ済まない。
 ――――止めたい、と思った事だって、あった。
 サッカーをすることが辛くて、苦しいしか見つからなくて、どうしようもなくなったこともある。
 楽しいとか、嬉しいとか、そんなものがかすんで見えなくなる――――そんな時、今までの自分は、どうやってそれを乗り越えてきたんだろうか?
「……あのさ、」
「何だ?」
「――――鬼道は、サッカー止めたいって思ったこと、あるか?」
 ――――俺は、あるよ。
 するりと出て来た言葉を鬼道は黙って聞き入れてくれる。
 鬼道は、優しい。
 帝国にいた頃は知らなかったし気付かなかったけど、こんな分かり易い優しさを鬼道はしっかりと持っていた。そして、それを今ではこんなに近くで見せてくれる。自分に対して、向けてくれて、いる。
 優しい沈黙は、そっと背中を押してくれて。言葉が、躊躇い無く声になる。
「一之瀬が事故にあった時は、すげぇやめたかった。スパイだって知られた時も、今回も……まあ、後半はその場限りな感じだけどな」
 楽しくないサッカーから、離れたい。
 ――――頑張れない、と言ったという風丸。その台詞は、多分自分の中でもいつだってスタンバイ済みだ。
 きっと、単純なキッカケで口から出てくる。そうならないように、頑張るつもりではいるけれど……。
「……」
「……ついでに言っちまうと、俺は正直、今の監督は余り信用できてねぇんだ」
「――――そうか」
「何考えてるのかサッパリだし、言うコトがいちいちキツイ」
「……」
「――――でも、鬼道はそうじゃないんだろ?」
「……」
「何だかんだで、あの監督を評価しているみたいだしな」
「……瞳子監督の指示は、聞くに値するものだからな」
「それでも俺は、あの人を人間として信頼は出来ない」
「……」
「――――でも、まあ……鬼道があの人を信用するなら、俺はあの人を信じるお前を信じるよ。そして、鬼道のゲーム・メイクに従う」
 多分、それが今のギリギリ・ラインだ。
 他力本願もいいところだけど、結局それが今の自分の考え方であることは間違いない。
「……監督のことは、」
「?」
「監督としての実力を俺は評価している。多少強引なやり方ではあるが、そこにはあの人なりの考えがあるんだろう、と」
「……」
「――――昼間に言ったことを覚えているか?」
「あ、ああ……」
 
『俺たちは、監督のためにサッカーをするんじゃない』
 
 サッカーが『好き』だからだ、と。
 その言葉は、監督に不信感を抱いているメンバーには特に効いたことだろう。他でもない、自分もそうだったわけだが。
「だがな、逆を考えればおかしな話なんだ」
「?」
「監督だって、別に俺たちのためにサッカーをしているわけじゃない。――――本当なら、責められる理由も何もない筈だ」

 ――――トォンッ……。
 
 ボールが、ゴール枠にぶつかって、跳ね返る。
 跳ね返ったボールは、当然のように鬼道の足元に帰って来て。鬼道も当たり前みたいにそれを足で受け止めた。
 そんな風に目の前の様子を冷静な目で見ているようでいて、今の自分は結構混乱していたり、する。
 たった今、実は当然なことであるはずなのに、すっかり見落としていたと言うか――――忘れてはいけないことを言われた気が、した。
 ――――何か。何か、言わなくてはいけない。そう思うのに、口の中が妙に乾いていて、声が出せなくて……。
(くそっ……!)
 今、ここで自分はきっと言うべき言葉がある。
 でも、それが見えてこない。声も、出てくれないなんて、とんだ役立たずだ。
(何か、何か、何だよもう……っ!)
「――――そろそろ戻るか」
「あ、」
「明日も朝早い。練習に支障が出てしまっては、本末転倒だからな」
「あ……そ、だな……」
 そんな正論で切り上げられてしまっては、それ以上何も言うことが出来なくて……。
 結局、そのままイナズマキャラバンへ戻ることになった。


 あれからそんなに時間は経っていないはずなのに、もう何年も前のことのような気がしている。
 フットボールフロンティア・インターナショナル大会。世界で競い合うサッカーの舞台に、自分と一之瀬はアメリカ・ユニコーンのメンバーとして参加していた。
 かつて一緒に戦った仲間のほとんどは日本代表として、今回は向かい合わせの状態で試合をすることになる。何だか感慨深いな、なんて。そんなことを何度も繰り返し一之瀬と言い合っていた気がする……。
 そんな一之瀬は、今は病院のベットの上で俺たちの試合結果を待っているんだろう。
 怪我の状態が思わしくないアイツに、世界本戦への資格を勝ち取ったと報告したい。
 だから、絶対に負けられないと、そう意気込んでいた矢先――――。
 
 影山零次の訃報が、テレビで流れた。

 護送中の事故。
 とか、そんな話をしていたんだと思う。
作品名:パーフェクト・ヒール 作家名:川谷圭