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かえりたい

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その世界は俺の知らない色だった。
 光を断絶する障気の海。肺を焼くように蝕む空気。馴染まぬ光の胞子に包まれた魔界。崩落するアクゼリュスと共に舞い落ちてきたこの世界は、俺の知る世界とは全く違ったものであった。
 アクゼリュスを崩落させたのは、ヴァンだ。それとルーク。
 ヴァンがなにを考えているのか俺には分からなくなっていた。幼い頃からいつだって彼とは共に歩いてきた思いがあった。俺は無条件で彼を信頼し慕い尊敬していた。しかし、彼はヴァンデスデルカは違っていたようだ。
 彼はティアを助けた。崩落するはずの大地から遠ざけようとしていた。彼にとって生き残った唯一の肉親なのだからそれは当たり前の行動だ。それを攻めることなど俺には、そんな資格はない。
 ただ、悲しかっただけ。
 彼が自分には何も告げず、そして俺のことなど一切構わなかった事が衝撃だっただけ。一方的に慕っていただけなのだ。彼も自分を思ってくれているなど自惚れだったに違いない。だから、彼は自分を見捨てたし、見捨てられた。
 ホドが無くなって、頼れるのはペルーとヴァンデスデルカだけだった自分とは違い彼は自分の存在など心の隅に置いているだけのものだったに違いないのだ。
 不意に、自虐的なことばかり考えている己に気付く。
 自嘲するかのように、ハッと乾いた笑い声を出そうとしたが、巧くいかなかった。


 ユラリユラリと揺れる、混濁した水面。全てを飲み込み、その先にあるのは総じて死の世界だけ。
 時折浮かび上がってくる、障気の色を燈した泡は、まるで底から沸きあがる死者の叫びのようにも思えた。
 ティアの言葉から、ホドも先程のアクゼリュスと同じように外殻大地から崩落した後、障気の海に沈んだとのことだ。

「ホドは、この海の下、か……」

 正確に言えば、違う。
 底のない障気の海の下に崩落したホドがあるわけではない。ホドは既に崩落した後、万物を喰らいつくす障気の海によって跡形もなく消えてしまった。
 けれど、だからこそこの海にホドが眠っているといえる。
 
「共に、在れたら」

 どれだけ幸せなことか。
 知らず零れた言葉に、びくりと身体を震わせる。

「なにを…馬鹿な」

 なにを考えているんだ。と首を振る。
 しかし、一度思い浮かんだ思考はなかなか拭いさる事が出来ない。そんな自身の思考など置いてけぼりで、身体のほうは一歩、また一歩。どろりと淀んだ海へと近づいていく。
 直ぐ目の前が、死の海だと言うところで一旦、両方の足がピタリと揃い立ち止まった。
 死を塗り重ねて作り上げられた海がまるで自分を誘うかのように、ユラユラと揺れて、俺はそこに向かって一歩踏み出した。

「ガイ」

 僅かながら浮いた靴底が、一瞬だけ空に浮いて静止。直ぐに先程までと同じ位置にのろりと舞い戻って地面にへばりついた。
 俺の名前を呼んだのは正直、あまり顔を合わせたくない人物であった。
 しかし、だからといって無視するわけにもいかない。ひっそりと大きく息を吸い込んで、気を引き締める。
 大丈夫。俺は笑える。

「なにか用かい、ジェイド?」
「貴方の姿が見えませんでしたので気になって」

 振り返れば、思いのほか地獄のようなこの海を背景にして佇んでいる様子が、様になっているジェイドが居た(よく考えると酷く失礼な話だ)。

「探していました」
「わざわざ悪かったな」

 そうは言っても、ジェイドはそれ以上なにも言葉を紡がない。俺に用があったのではないのかと思いもしたが、何も言わないということは本当に只気まぐれに探しただけだろう。
 そう考えて、直ぐに頭の隅では「そんなわけ無いだろ。あのネクロマンサーだぞ。油断するな」と警告音が響き渡る。しかし警戒してみたとしても、彼は此方の防護壁をいとも簡単に突破してしまうのだ。

「ガイ、顔色が悪いですよ」

 変わらず薄っぺらな微笑を浮かべたまま、彼は朗らかに言葉を投げかける。
 俺はそんな彼に、同じような作り物の笑みをできるだけ自然に浮かべて見せて苦笑を滲ませた。
 
「ちょっとここの空気は俺には会わないなぁって思ってな」
「それはそうでしょう。これは障気の海、身体にとっては毒です。あまり吸い込むことはおすすめしませんね」
「そうだな。直ぐ、戻るよ」

 どうにも、胸の中で膨らんでいく感情に、笑みを貼り付けることさえ億劫になってきて、早く何処かへ行ってくれと言わんばかりに素っ気無い態度をとるが、ジェイドにその場から動く気配は無い。

「おや、なにかやり残したことでも?」
「いや別に」
「身投げでもするおつもりですか?」
「はは、まさか」

 ジェイドの奴は、恐らく此方の意向を知りつつそこに未だ居座って、この不毛とも言える会話を続けているに違いない。
 何と言っても、奴は今まであってきた人間の中で一番捻くれた性格の持ち主だから。

「見ていました」

 この野朗。
 ほら、みろ。っと誰に言うわけでもなく、心の中で毒づいて、疲れたことを隠さずに、上辺だけ見繕っていた笑みを消し、重い溜息を吐き捨てる。
 視線を億劫に持ち上げれば、真っ赤な視線と絡み合う。ジェイドは真っ直ぐに此方を見据えていた。
 彼の焦点に当てられていると考えるだけで、居心地が悪くなり、落ち着かない。
 ジェイドは此方に何か求めているようで、それで居て何も求めていないようで、ただ静かに此方を見つめていた。
 俺はそんな赤の視線に負けじと、だんまりに決め込んでいたのに、結局は無言の重圧に負けてしまい重々しく、ポツリと言葉を零すこととなる。

「ただ、少しだけ…帰りたくなっただけだよ」

 皆が微笑み、鮮やかな草花が咲き乱れ、優しげな時が緩やかに過ぎていたあの島の光景が、サッと脳裏を過ぎって消えた。
 静かに目蓋を落とし、記憶を、頭の奥底へと仕舞いこむ。
 何度も何度も、思い返し繰り返し見た情景。しかし、そこへ、みなの元へ行こうとは思わなかった。何故かと問われれば、幼馴染の騎士と剣の師である老台の存在があったから。
 そこで、自虐的に溜息をひとつ。
 どうやら俺は、ヴァンデスデルカに見捨てられたことが思いのほか堪えているらしい。

「ガイ」
「外の世界に、な」

 俯いていた顔を上げて、ふっと笑みを浮かべる。
 こんな薄暗いところより、太陽が燦々としてる方が気持ちがいいじゃないか。と言えば、彼は暫し黙ってじっと見つめていたが、何か諦めたかのようにハァっと、此方に見せ付けるように溜息をついて「そうですか」っと短い返事を返した。
 誤魔化しきれたなんて思っても居ないし、逆に彼の不審を煽っただけの気がする。
 だけど、これ以上に巧く立ち回る事が出来なかった。
 余裕なんてものもなく、考えるという行為さえ面倒で。それこそ、楽になるために目の前の海へ飛び込んでしまってもいい、と思ってしまうほどだった。

「…ジェイド?」
「はい」
「なんだ、この手は?」
「繋いでいます」
「いや、それは分かる。だから、なんで?」

 先程までは一歩もこちらに近づく素振りを見せなかったのに、ジェイドは急に此方に来ると、俺の手を掴んでニッコリと笑って見せた。
作品名:かえりたい 作家名:さゆ