向いてない男 中
森閑たる林の中を、音もなく、長い髪をなびかせて、人影が颯爽と跳んでいく。
極力足跡を残さないためだろう、地面に表れた木の根や、岩、そして、分厚く積もった木の葉を踏んでいくのに、ほとんど音をたてていない。
人影が、突然立ち止った。
一見、何事もない、ただの獣道である。
だが、人影が腰間の刀を抜き、無造作に振り下ろすと、ぷつん、と小さな音が鳴った。
その直後、がさがさっ、と派手な音を立てて、葉の生い茂った枝が道の両脇から獣道の上へ覆いかぶさる。
隠し張られた警戒線と連動して動く初歩的なブービートラップだ。このような木の多い山間部で用いれば、見つかりにくく、効果が高い。
だが、この罠だけでは、変化は終わらなかった。
ひょっひょっひょっ、と短く三つ、連続した風切り音を聞きつけた人影は、その場で身をよじり、刀を盾代わりに構える。
飛んできたもののうち、二つは人影にかすることすらなく飛び去った。そして、残りの一つは、刀に防がれる。だが、弾かれるはずのそれは、ぱっと弾けて、刀身へ赤土色のどろりとした液体を飛び散らせた。
人影は、小さく舌打ちした。このままの状態では、刀を鞘に入れたら最後、抜けなくなる可能性がある。かといって、抜き身のままで、山間部を持ち歩くことは困難だ。
人影は迷わない。
刀を捨てると、泥礫の来た方向へ向かって、手首を翻す。その手から、黒銀に光る棒手裏剣が空を裂いて飛ぶ。
棒手裏剣は、やや見上げたあたりの、木々の枝の中へ吸い込まれた。それに対する反応はない。先ほど、泥礫を投げた人間は、すでにその場を移動していたらしい。人影も、そのことは予測していたらしく、特にがっかりした様子も見せずに周囲へ油断なく視線を配っている。
緊迫した空気の中、ぽきっ、と、妙に乾いた音がした。
短い少年の悲鳴と、生木がへし折られ、木の葉がぶつかり合う、情けない騒音がそれに続く。どうやら、不運にも、枯れ枝に飛び移って、踏み折ったらしい。
どさっ、と地に落ちた別の人影へ、立ったままでいる人影から再び棒手裏剣が飛ぶ。
が、敵もさるもの。
不利な体勢であったにもかかわらず、地を転がってそれを避けた。
「やはり、仕掛けてきたな、伊作」
人影、仙蔵が長く美しい髪を揺らしながら、愉快そうに語りかける。
「少しはやる気になったか?」
「最低でも、一枚、札を奪わないと落第だからね」
地に転がっていた人影、伊作は体中の泥を払いもせずに、ぱっと立ち上がる。
「結構なことだ」
仙蔵は不適に笑いながら、軽く足を引き、身構える。
「どうした、来ないのか? 刀はない。体術ならお前に分があるだろう」
「いいや、ないね」
すっぱりと断言した伊作に、仙蔵が柳眉をいぶかしげに寄せる。
伊作はすっと目を細めると、仙蔵を指差した。
「お前に勝てる気なんかしないよ、“文次郎”」