向いてない男 中
伊作が、さっ、と身をかがめる。その残像を背後から石礫が貫く。
伊作は低い体勢から、再び地面を一回転してその場を離れ、立ち上がる。その手には、いつの間にか苦無が握られていた。
「お前の下手な変装のせいでバレたんだぞ、文次郎」
言葉の内容とは裏腹に、笑いを含んだ声が石礫の飛来元から聞こえてきた。
樹間から、すらりとした立ち姿の立花仙蔵がもう一人、姿を現した。
それに対して、先ほど伊作と対峙していた仙蔵はその優姿に似合わない荒々しさで舌打ちすると、下顎辺りに手をかけて、顔の皮一枚をめりめりと剥ぎ取った。その下から、伊作や仙蔵と同じ年頃にしては妙に疲れたような印象の顔が現れる。
六年い組の、潮江文次郎だ。
「どこで見破った、伊作」
「どこもかしこも違い過ぎて、言い切れないんだけど」
「おい、こら」
文次郎が変装を得意技の一つにしていることを知っていての、この言葉である。不快感をあらわにして、凶悪面になった文次郎を横目に、仙蔵が笑い転げる。
伊作もかすかに目元を笑わせて、指摘してやった。
「一番わかりやすいのは、手だな。色を塗ったぐらいじゃ、ごまかされないよ」
「なるほどな。そりゃどうしようもない」
「それだけではないぞ、文次郎。伊作はお前がこちらへ来ることを予期していたんだろう」
仙蔵の言葉に、伊作は首をすくめてみせた。
「運が悪ければ来るだろうな、と思っていた。それで、僕は学園一不運な忍たまだから」
「まず間違いない、ということか」
ふっ、と仙蔵が鼻で笑う。彼は、それが伊作流の韜晦であることを悟っていた。
仙蔵の考えではこうだ。
まず、今回の実習の前提は、制限時間が一刻半(約三時間)と短い実習であること。そして、そのために、それぞれの組はお互いの開始地点を知らされているということ。以上に点を踏まえておく。
制限時間が短いため、一度札を奪われたら、取り返すのは至難の業だ。いかに自分の札を奪われず、相手の札を奪えるかが勝利のための鍵となってくる。
特に、落第の瀬戸際で実習に望む伊作にとっては、今回の結果は重大事だ。
その上、自惚れを抜きにしても、首席が指定席で、このような実習にべらぼうに強い仙蔵に狙いをつけられているのである。
は組の札を守り抜くために、留三郎へそれを託し、互いに別行動をとることが予想される。
その場合、い組としては、伊作を追ったところで益はない。何もなければ、文次郎は留三郎を追うべきところである。
だが、そこで重要になってくるのがろ組の存在だ。