向いてない男 下
「でも、今回は落第しないで済むんだろ?」
突然、前を行く小平太が振り返った。
「なんだ、聞いていたのか」
「そりゃ、聞こえるって。なあ、長次」
呆れたような声で応じた仙蔵に、小平太は隣を歩く同級生を見た。長次も黙ったまま頷く。
「なんか照れくさいなぁ」
そう言って、困ったような顔をした伊作は、いつもの柔和な彼であった。
「あ、そうだ。みんな、今の話、留三郎には言わないでくれよ。きっと怒るから」
「なんでさ」
「だって、命を使えとまで言ってくれたんだ。今のを聞いたら、がっかりするだろう?」
「いや。そうでもないだろうさ」
仙蔵は、小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「なんだかんだといいながら、あいつが一番、お前のそういうところを気に入ってるんだ。お前が私のようになったら、それこそ落胆どころの騒ぎじゃないだろうな」
「あんなに喜んでいたのに?」
「勝利に酔っただけだろう。あいつについては、お前のほうが詳しいだろうに」
「留三郎は単純だもんな!」
「お前が言うのか……」
小平太の発言に、思わず、といった風に長次が声を漏らす。が、言われた方は、全く自覚が無い。何を言われたのかと、無邪気に首をかしげた。
それを見て、仙蔵も、伊作も、声を上げて笑う。
長次だけ、深い深い溜息を零した。
ひとしきり笑った仙蔵が、ちょっと考えるように、あごに指を当てる。
「怒るとしたら、文次郎だろう。あいつも単純で、その上、忍術馬鹿だからな」
「ああ、分かる気がする!」
「うん……」
「つまり、単純馬鹿が二人ってことだな!」
小平太が声高に言って、全員が笑いかけた、そこへ。
「くぉら、小平太っ!! てめぇにだきゃ、言われたかねえぞ!!」
「仙蔵、てめぇ、人がいないと思って好き勝手言いやがって!!」
顔中口にして、それこそ、二人そっくりな表情で、追いついてきた文次郎と留三郎がわめく。
二人とも、控えめに言って、ずたぼろだ。傷の大半は、実習でついたものではない。
仙蔵はその二人を振り返り、不敵な嘲笑で出迎えた。
「なんだ、やっと来たのか」
「そらっとぼけやがって……!」
「図星を差されて怒るな。見苦しい」
「あっはっは。まったくだな!」
「だから、お前が言うな、小平太っ!!」
「もう、いい加減にしろって。長次も止めてくれよ」
「……面倒だ」
「ああ、もう……どいつもこいつも!」
集まって、好き勝手に言って、騒ぎあう顔はどれもこれも、子供の顔をしていた。
その中の一つとなって、伊作は笑う。
残り少ない子供の時間を、心の底からの喜びに満たされて。
だが、その奥に蒔かれた、決意の種は静かに、しかし確かに芽吹いたのだ。
それが成長したとき、伊作がどのような男となっているか、どのような道を歩いているか。
それはまた、別の話。
もっともっと、先のお話。
【向いてない男 了】