向いてない男 下
謙虚さも、時には傲慢と受け取られる。
まして、勝者の言葉であれば、心からの言葉であっても、誤解を受けやすい。
しかし、仙蔵は、ふっと目元を和ませると、普段はなかなか見せることのない真摯さで、一つ頷いた。
「私もそう思う」
仙蔵の言葉に、意外そうに首をかしげた伊作へ、仙蔵はにやりとした。だが、どこか表情が優しい。
「言っておくが、お前の能力は、不運を差し引いても申し分ない。その点は、先生方も請けあうはずだ」
「あ、ありがとう」
「だが、忍者には、二つの要素がいる。一つは様々な業を行うための能力、それから……」
仙蔵は細く優美な指を、一本立てた。そして、もう一本。
「他人に、死んでくれ、と言う覚悟だ。お前はそれができないのさ」
「……ああ、そうだ」
仙蔵の言葉は、伊作にとって胸の中にわだかまっていた思いに対する解答であった。たとえば、文次郎が同じことを言われたのなら、怒り狂って否定しただろうが、伊作はさばさばと頷く。
「今日は学園内での実習だから、誰かが本当に死ぬわけじゃない。でも、僕は嫌で嫌で、たまらなかった。札を任されなかったら、途中で投げ出していたかもしれない」
「そう言えば、札はお前が持っていたのだったな」
「うん、どちらが持っていても構わなかったんだけど。留三郎が、僕が勝負から逃げないためのお守りに、ってさ」
「流石、同級だ。分かってるじゃないか」
「ほんと、参るよ」
伊作が軽く眉を寄せ、肩をすくめてみせると、仙蔵が、くっくと肩を震わせる。
「けれど、お陰で、今回は最後までいけた。でも、これが実戦だったとしたら? 僕は、今日以上に迷い、悩む。そして、いつかきっと敵も、味方も、自分自身も、死ぬ必要の無い人間をも殺すことになる」
それは、伊作にとって、予測というより、確実な未来の予言であった。目を閉じれば、そのときに流れるであろう、大量の血の赤色や、生臭い鉄錆のような匂いが感じられる気さえする。
「だから、僕はもう二度とこんな策は取らない。同じ覚悟なら、殺さない覚悟をする」
顔はいつもの伊作だ。その上、満身創痍。凛々しいというには程遠い。
だが、言葉にこもる力は強い。
そして、目に宿る光も。
「落第忍者で構うものか」
仙蔵は、ふと、一回り年上の男と言葉を交わしているような気分になり、隣を盗み見た。
いるのは、相変わらず、同じ年の少年、伊作である。背丈も仙蔵とそう変わらない。頬に残る丸みも、頼りない肩も、まだまだ幼さを感じさせる。
だが、その身から感じる空気は、すでに一人の男のものだった。