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【こたつる】儚くも虚ろわざる想いあれ【連載中】

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【1/14】

その日は、眩いばかりに輝く夜空に似合わぬ業火の中に立ち尽くしていた。

命じられただけの仕事は出来た。長居は無用である。
地獄の送り火のように咆哮を上げて燃え盛る城を背に、風魔は立ち去ろうと膝を曲げた。

「……?」

その時、ふと小さな泣き声が聞こえた気がして足を止める。

確かに、城に居た者達は皆斬った筈。逃げた者は、もはや城内に残っているとも思えない。
城の間取りと音のする方角を照らし合わせるも、宝物庫は方角が違う。
近くに馬屋もあるが、既に逃げる者が乗って行ってしまっただろう。

ならば、一体何が目当てで…。

火花の散る音に阻まれつつも、何とか頼りの音を探し当てれば食糧庫の様な処に辿り着いた。
混乱に乗じた物盗りがもう現われたのか、一人の男が必死に南京錠を開けようとしていた。

此処は城の影となり、人気も少なく火の回りも遅い。大事な物を置くには確かに都合がいい。
こんな最中にでさえ持ち出そうと云うのだから、余程に価値のある品であるのだろう。

息を殺して男が鍵を開けるのを待ち、ガチャリと重々しい音が響いたと同時に背後から斬りつけた。
おそらく絶命した事にも男は気付けなかったであろう。
そのまま扉の中に身を滑り込ませ、其れを目にした時、風魔は己の短慮に絶望した。

とんだ拾い物をしてしまったのだ。

其処には、何故か鉢巻きで目を隠された齢間もないと思われる子供が横たわっていた。




「此れ、食べていいのですか?」

何で、こんな事に…。

胸の内の重苦しい感情を噛み殺しながら、風魔はコクリと頷いた。
途端、ありがとうございます、と大声で云うと、風魔の手から林檎を取って齧り付いた。
食べ慣れないのか恐々と歯を立てる所を見れば、思ったより育ちが良いのかもしれない。

昨晩、子供を持ち帰るなど如何な物かと思案したが、子供をあの状況下で連れようとした男の様子。
其れに、何故か後ろ手と、目に縛っていた鉢巻きの様子を考えると只の子供には思えない。
拾っておけば、後々の役に立つかもしれない。

連れ去る際に倉庫内を軽く見聞したが、やはり野菜やら山菜やらが積まれているだけだった。
手がかりらしきものも無いまま己の草屋敷に連れてきたが、存外に子供の方は落ち着いていた。

「今しばらくの御厄介に」

指を付いて小さく腰を折るという年不相応の振る舞いに初めて、子供が女子であると知った。

亜麻色の髪と瞳を持っているだとか、少し高めの声音だとか。其の様な事には気付いてはいたが、倉庫であまり良い待遇を得なかったのか、ぼさぼさの髪や煤けた顔に男児だと思っていたのだ。

まるで何時まで居るかを知っている様な口振りは怪訝に思ったが、逃げ出そうともする気配もないため、鉢巻きは解いておいた。

「美味しいです!!」

よっぽどお腹がすいていたのか、はたまた成長盛りの勢いというものか。
小さな手で一生懸命に林檎を支える様子は、何処か森で見た事のある気がする光景だ。
確か、ドングリか栗を食べていたあの小さな…。

「宵闇の方も如何です?」

そう云って、膝の横のも一つを指差す彼女に風魔は首を振った。
これは、彼女の為に取って来ただけである。

「で、でも…一緒に食べると美味しくなるんですよ…?」

彼女は時折、妙な事を言う。
おはよう、いただきます、ありがとう。意味は分かるが、必要のない言葉の羅列。
忍は口伝よりも、記号やらを使う事が多いから尚の事に使いようも使う機会も無い。

「駄目、ですか…」

萎れた様に俯いてポリポリと噛み砕く様子に、何やら罪悪感の様な物が湧いてきたが、やはり如何にすべきか分からず、もう一つの林檎を差し出すだけだった。






わんわんと泣きだす声に、風魔はやりかけの洗濯を放り投げて、まさしく風の如く飛んでいった。
この泣き声の感じからすると…と、部屋を抜ける際に塗り薬の貝殻も掴んでいく。

やはり、予想通りと云うべきか。
台座から落ちたのであろう、窯の前でうつ伏せて瞼を擦る彼女がいた。
家事の手伝いをしたいのだろうが、頭の重い齢の子供がするのだからよく転ぶのだ。

「宵闇の…痛かったですーー!!」

ふわりと音も無く降り立つ彼に驚くよりも安心したのか、腰にぎゅうとしがみ付いて再び泣きだした。

正直、人に触れられる機会が無いせいで初めの頃こそギョッとした。
しかし、引き剥がそうとすると更に大声で泣かれ、今では既に慣れて背中をあやせる始末だ。

ぽんぽん、と背中を叩いてやりながら脇を持って立たせると膝に紅く血が滲んでいた。
これ位では、今の自分は痛いなどと云わない、むしろ思わない。
だからこそ、そう言えば傷は痛かったななどと時たま彼女を見て昔を思い出す事がある。

「そのお薬はしみますか?」

キュッと風魔の袖を掴んで涙目で不安そうにする彼女に、頭を一つ撫でて少しだけと指で示す。

実は正直、常人の感覚が分からないので嘘も方便と云う所だが云わないより良いだろう。

しかし前に同じ様に示して―子供の舌の感覚も原因だろうが―頭が吹っ飛ぶような苦い食べ物を与えてしまってから信用が少し下がった様だ。最近、やけに問われる回数が増えた気がする。



「おやすみなさい」

何故か己の兜を抱いて寝る彼女に、また今夜もかと風魔は溜め息を付いた。
自室に仕舞ってあった仕事用の兜を、掃除の際にでも見つけたのだろう。
おかげで何を気に入ったのか、ここ最近は寝るときに手放さない。

仕方ない、と小箱の中から短めの紐を取り出し髪を縛って風魔は闇夜に消えて行った。

「…やっぱり、行ってしまわれる」

気配の完全に消えた草屋敷の中、幼子がそうと障子を開ければ故郷と変わらぬ朧月が見えた。
大事なものだから、無ければきっと外に出れないに違いない。
そう、思って手放さないようにしていたが、どうやら此れがなくとも彼には仕事が出来るらしい。

「いつか、帰らなければ…」

ぎゅう、と兜を抱き締めれば彼の熱が伝わる様な、そんな幻想に視界が滲む。
こうやって暮らしていると、まるで家族の様に思えてくる事がある。
哀しい時に頭を撫でてくれて、自分の言葉にちゃんと返してくれて…しゃべってくれたことはないけれど。

でも、子供の好奇心を侮ってはいけない。

話せないのでなく、話さないのだという事。
こうやって闇夜に消えた時に行っている事。
自分は決して彼に助けられたと云う訳で無い事。

全て、知っているのだ。

知らなければ、良かったけれど。

此処には、知りたくない事がたくさんある。見たくない物がたくさんある。
やっぱり、故郷から出るべきじゃなかったのかもしれない。

「最初から…」

溢れそうになる雫は、決して頬には流すまい。

泣いてはいけない。

だって、あの人は。



泣いてる時ばっかり、どんなに小さい声でも駆けつけてしまうのだ。