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【東方】夢幻の境界【一章(Part4)】

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紅魔館の地下には巨大な図書館がある。そこには貴重な文献や魔道書が収められた本棚が数多く存在しており、その量は膨大で、図書館の本をすべて読めば知らないことなどなにもないと言っても、過言ではなくなるかもしれない。が、勿論そんなことをしようものなら何百年もかかることは間違いない。なにせ解読が困難な本がいくつもあるうえに、それを解読するために必要な文献すらすでに使われていない言語で書かれていることがままあるのだ。普通の人間では――いや、千年も生きられる妖怪でも諦めてしまうだろう。
 しかも広大な図書館の中に無数の本棚が規則正しく並べられた光景は、さながら地下の迷宮に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥ってしまうだろう。
 しかし、そんな図書館に住み着き、あまつさえ全ての本を読み解こうとする変わり者がひとりいる。
 その変わり者にして生粋の魔法使いであるパチュリー・ノーレッジは、捨虫の魔法のおかげで年を取ることがないし、『本の傍に在る者こそ自分』と考えているほど本を読むこと以上に素晴らしいことはないと思っており、図書館の本をすべて読むという偉業を成し遂げるにはもってこいの人物なのだ。

 古びた本特有の匂いが充満する地下の図書館で、パチュリーは魔法の研究に勤しんでいた。
 机の上には解読中の魔道書が広げられ、その周りには参考にするための文献がいくつも置かれている。どれもページの端はボロボロで、表紙に書かれていたタイトルであろう文字はかすれてほんど読めない。もはや化石じみたその本は、中身を読まないと何の本かわからなくなっていた。そんな状態であるため、必要な本をこの図書館から見つけ出すのは至難の業で、パチュリーもどこに何の本があるのかほとんど把握できていないのだ。
 そのためパチュリーは本の管理をすべてひとりの司書に任せている。
 小悪魔と呼ばれるその司書は図書館のどこに何の本があるのかを把握しており、パチュリーはほしい本はいつも持ってきてもらっている。のだが、本を読むことだけに集中したいパチュリーは、その他の雑用もすべて小悪魔に任せており、パチュリーの使い魔である小悪魔も、どんな要求にも文句を言わずしたがっている。
 ただ、パチュリーにはひとつだけ文句というか、小悪魔に改善してほしいことがあった。
「……ふぅ」
 ティーカップの紅茶を一口飲み、小さく息を吐いた。
 ただしそれは、朝の晴れやかな気分で始めた大好きな読書に、紅茶というアクセントを加えられた至福に対してではない。むしろいままでの至福を邪魔された、という感さえある。
 小悪魔に対する改善してほしいところというのはこのことだ。
 紅茶の味が薄いのだ。
 原因はいくつかあるだろうが、大体の予想はつく。
 紅茶がぬる過ぎるの。時間が経って冷めてしまったというのもあるが、それにしてもぬるい。
 大方火傷しないように気をつかったつもりなのだろうが、それでは茶葉から十分に成分が抽出されず風味の薄い紅茶になってしまうのだ。紅茶を淹れるなら沸騰直後の熱湯でなければならないというのに……
 正しい淹れ方を教えようか。そんなことを思って――やはり黙っていることにした。いや、思うだけなら何度もあったのだ。しかし全ての雑用を小悪魔ひとりにやらせておきながら、紅茶の淹れ方ひとつに文句をつけるのは如何なものだろう。そもそもこういう時に主人としての器が試されるのではないだろうか。むしろ使い魔のミスを責めず受け入れることこそ、主人としてのあるべき態度なはずだ。
 何度目かの言い訳を頭の中で巡らしていると、件の小悪魔が分厚い古びた本をいくつか積み重ねて持ってきた。
「パチュリー様、別の本を持ってきました」 
 言って、小悪魔は机の上に持ってきた本を重ねたまま置いた。
 できることなら本が傷まないように重ねず置いてほしかったが、結局、パチュリーは何も言わずに頷くだけにした。
 新しく本を持ってきてもらったことで机の上が狭くなってきたので、パチュリーは読み終えた本を小悪魔に渡そうと机の隅に置かれたそれを持ち上げたとき、すでに振り返っていた小悪魔の背中越しに見慣れた人影が見えた。
 いや、人影と呼ぶにはそれはあまりに歪だった。なにしろ背丈はパチュリーより頭ひとつ分以上低いというのに、広げればそんな身長より大きくなるであろう翼が生えているのだ。
「レミィ?」
 それはパチュリーの友人、レミリアだった。
 紅魔館の主を前にした小悪魔は畏(かしこ)まって「おはようございます」と挨拶すると、そそくさとその場を離れてしまった。
 パチュリーが友人と二人きりになれるよう気を利かせたつもりなのだろうが、読み終えた本を持っていってほしかったパチュリーは、結局、本を元の位置に戻すことになってしまった。
「あ、レミリア様も紅茶をお飲みになられますか?」
 立ち去ろうとした小悪魔が振り返りながらそう言った。
 それを聞いたパチュリーは少し考えてしまった。レミリアは普段から咲夜の淹れた最高の紅茶を飲みなれている。それに対して小悪魔の紅茶はお世辞にも美味しいとは言い難い。正直、小悪魔の名誉のためにもここは別のものを持ってくるように言ったほうがいいのだろうか。
 頭の中であれこれ考えているうちに、レミリアが手を上げて小悪魔を制していた。
「さっき飲んできたばかりだからいい。その代わり机の上を少し片付けてもらえないか?」
 小悪魔は「はい」と言ってからパチュリーのもとへと戻り、パチュリーが机の隅に置いた本を持って本棚の迷宮へと向かっていった。
 小悪魔の紅茶を断りながら読み終えた本も片付けさせてしまったレミリアを見て、まったくすばらしい観察眼と決断力だなと思った。おそらく先ほどのパチュリーと小悪魔とのやりとりを見ていたのだろう。もしかしたら小悪魔の紅茶のことも誰かに聞いていたのかもしれない。
 レミリアはパチュリーの対面の椅子に座った。
「パチェ、一度あの子に紅茶の美味しい淹れ方を教えてあげなさい」
 予想は的中した。
 パチュリーは苦笑いを浮かべながら本にしおりを挟んで閉じた。
「まぁそのうちね。で、どうしたのよこんな時間に。なにかあったの?」
 パチュリーは顔についた汚れを拭うかのように手で表情を消すと、今度は眉を顰(ひそ)めながら言った。吸血鬼であるレミリアがこんな時間に起きるのは珍しく、こういう時は大抵なにか面倒なことが起こる前兆と決まっているのだ。
 面倒なことというのは、幻想郷を巻き込むような異変からレミリアの気まぐれなど様々であるが、ほとんどが後者である。
 だから今回もそうなのだろうと高を括っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
 パチュリーに問われたレミリアはいつになく険しい表情を浮かべていたのだ。
 それがパチュリーの態度に対するものではないことはすぐに分かった。
 レミリアの目が、何かに恐れているようなのだ。
「ちょっと、どうしたの?」
 もう一度問いかけたところで、パチュリーは自分の思い違いに気がついた。
 なにかに不安を抱いている?