マゴノック・アオミタ・イーヨ<後編>
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超直感をフルに利用して、雪の中から何とか山小屋(おそらくは狩猟用なのだろう)を見つけだしたザンザスとツナヨシは、その山小屋に駆け込んで、からくも『遭難したんだ、そうなんです。氷づけスペシャルエディション』という最悪の事態は脱したのだったが。
しかし、シーズンオフなのか、もともと放棄された小屋だったのか、いちおう屋根と壁はあり雪風はしのげるものの、薪もなければ、炭もない、水も食料もめぼしいものは何も置かれていなかった。
かろうじて残っていたのは、一枚のボロい毛布。毛羽立っていて、ゴワゴワで、普段のザンザスならば手に取ることもしないが、背に腹は代えられない。
ちっ、と舌打ちするとザンザスは傍らでガタガタ震えるツナヨシに声をかけた。
「おい」
「ん、な゛に゛?」
震える声で答えるツナヨシは、ガチガチと歯をならし、鼻水をたらしている。
非常に情けない姿に内心げんなりとしながらも、ザンザスは言葉を続けた。
「脱げ」
「はぁ?!」
そう言うが早いかザンザスはさっさとコートにネクタイ、シャツと手早く脱ぎ捨て、毛布を片手にドカリと座り込む。ひらかれた腕には一人分の隙間。つまりは、上半身裸のザンザスの、腕のなかに、収まれというのである。
彼の言葉と態度の『意味』は理解したものの、ツナヨシは高速でブンブンと首を横に振る。
――――はっきり言って、全力で遠慮申し上げる。
かろうじてスラックスを穿いてはいるものの、コートもシャツも脱ぎ捨てたザンザスは見事な体躯を惜しげもなく披露してくれている。鍛え上げられた逞しい体、古傷の散らばる褐色の肌は薄く汗ばみ、雪に濡れた黒髪は精悍な顔や首筋に張り付いて、きつく鋭い真紅の双眸は熱を帯びてよりいっそう妖しく輝く。
何もかもが、なんというか、大人の男のフェロモンだだ漏れ、つまりは非常にいかがわしいオーラ全開なのだ。
「いい!いい!!死ぬ気の炎あるしっ」
「ああ?馬鹿か、てめぇは」
『死ぬ気の炎』とは、すなわち生命力を糧に燃やす炎だ。
それを無駄に垂れ流すという事は、生命力の枯渇に直結する。言外にそう指摘されて、「うぅ」と項垂れたツナヨシだったが、そこに収まるのは極力避けたいのだ。
その場で硬直し一寸たりとも近づこうとしないツナヨシに、早くもザンザスの限界が振り切れる。
立ちつくすツナヨシに業を煮やしたザンザスは、手っ取り早く実力行使にでた。ツナヨシの腕をとり、手荒く引き寄せると、器用にも残る片手で次々にジャケットにネクタイ、シャツと脱がせては、ポイポイと放り捨てる。
そうして瞬く間にツナヨシを裸にして己の胸にもたれさせると、毛布で互いの体をくるみ込んだ。冷え切った華奢な体に、ひそやかに舌打ちを一つ。
それには気付かず(というか、気付く余裕もない)、ツナヨシは極度の密着状態にあわあわと抗議する。
「ぎゃ、ちょ、やめろってお前!」
「るせぇ、死にてぇのか。ドカスが」
「ひっ!」
耳元であの無駄に腰にクる重低音で囁かれ、ツナヨシの肩がはねあがる。
目の前にはザンザスの広い肩。肩から鎖骨にかけて古傷がひとつ。かつてリング争奪戦のおりにつけられた、ザンザスの反乱の証だ。ついつい傷を追ってそのまま視線をあげていくと、ひきしまった太い首に、精悍なラインを描く頬、そして間近に見える真紅の双眸。その深い紅と視線が交わって、思わず頬が朱に染まる。
「っ!」
ザンザスの色気に当てられて、ツナヨシはもういっぱい、いっぱいだ。
(もう、近いし、吐息はかかるし、ゾクゾクするし、無駄に色気振りまくなよ!!)
ドキドキと勝手に早鐘をうつ心臓に、泣きたくなる。
強く腕に抱きしめるザンザスを、何とか押しのけようと、両手でつっぱってはいるものの、触れあう肌から伝わってくるこの男の体温は非常に魅力的だ。
それでもジタバタと拙い抵抗を続けるうちに、ポカポカと体に熱がもどってきて、ぼんやりと夢見心地。さらには、疲労と睡魔も手伝って、意識はとろけるように弛緩する。
(あったかい。気持ちいい・・・)
悔しいけれど、この熱を知った今となっては、手放すことなどできはしない。
直にふれあう肌から立ち上る、ザンザスの匂いにくらくらする。ぽすっと肩先に頭をあずければ、耳元にザンザスの心音。
ドクン、ドクンと刻む鼓動が、流れる血が、ツナヨシに囁きかける。
――――同族の、ボンゴレの血が共鳴する。
たまらない酩酊感に、ツナヨシはうっとりとため息をついた。
そんなツナヨシを、興味深そうに眺めているザンザスの視線には気付かず、さらなる熱を求めてツナヨシは無意識にザンザスの肌に、スイッと、―――みずから頬をすり寄せた。
普段ならば決してするはずがない、その甘えるような仕草に、ザンザスの体に火が灯る。
はふぅ、と満足げな吐息がザンザスの首筋をくすぐって。
―――ゾクリと体に電流が走った。
「っ、このドカスが」
「え?」
そう呟くと、ザンザスはいとも容易くツナヨシを組み伏せ、噛みつくように口づける。
熱い舌が口腔を蹂躙し、ツナヨシの舌をからめとる。体の内から響く生々しい水音に、ツナヨシは驚きと恥ずかしさに硬直する。
その間も、ザンザスは巧みにツナヨシを捕らえ、なぶり、もてあそぶ。戯れに、耳に、うなじに、首筋に、体中を優しく撫でられて、言い知れぬ快感にツナヨシは体を震わせた。
敏感な我が身を呪いたくなる。
「ん・・・ふっ・・」
素直に反応するツナヨシに気を良くしたのか、なおも貪欲に、傲慢に、ザンザスは貪り続ける。苦しさと、身の内から湧きあがる得体の知れない感覚に、ツナヨシはたまらず男の広い背中にしがみついた。
「んぅ!・・あふ・・・」
長い長い口づけに、ツナヨシは意識も気力もくたくただ。
やっとのことで解放されたが、最後にオマケとばかりにザンザスはペロリとツナヨシの唇をなめると、ニヤリと口角をあげて嗤う。餌を前にした獣の貌。
この男がこんな表情をする時は、絶対、まったくもって、ろくなことがない。じっとりとツナヨシに注がれる視線。真紅の双眸は今や隠しきれない欲情に濡れて、
――――ツナヨシを捕らえて離さない。
「ザンザス・・・」
体の上にのっかって、正面からツナヨシを見据える男の名を呼べば、口元をゆるめて上機嫌に彼は嗤う。
「世の中、ギブ・アンド・テイク。まさかオレから体温奪うだけ奪っておいて、『はい、終わり』ってことはねぇよなぁ、ドン・ボンゴレ?」
「え、その、ザンザスさん?」
「くっくく、せいぜい暖めてもらおうか」
「じょ、冗談だよね?」
ごくりと喉をならして恐る恐る問いかけたツナヨシに、返ってきたのは啄むようなバードキス。
「ん!」
口に、額に、頬に、瞼に、鼻先に、体中いたる所に優しいキスが降ってくる。
加えてごそごそと大きなごつい手が体をあちこちまさぐって。
「ひっ!ちょ、ザンザス!!」
慌てふためくツナヨシの耳元で、ザンザスは凄艶と囁いた。
「安心しろ。きっちりアツクなるまで面倒みてやる」
「い、いらーーーん!ぎゃーーーーーー!!」
――――雪山に、ツナヨシの渾身の叫びが木霊した。
END.
作品名:マゴノック・アオミタ・イーヨ<後編> 作家名:きみこいし