ボンゴレ式・天国と地獄
「ん、何?スクアーロ」
その名を囁けば、ふわりと甘い微笑みがかえってくる。
このお人好しの、鈍くて、甘いドン・ボンゴレ。
あまりに無邪気で無防備なツナヨシに、戯れにスクアーロは口元をなぞる細い指に口づけを一つ落とす。
「や、あ、スクアーロ」
熱い吐息とついばむ感触がくすぐったいのか、ツナヨシはクスクスと声をあげて笑う。
その反応に気をよくしたスクアーロはさらに一つ、二つ。指先、手のひら、手の甲へ。何度も、何度も唇をよせる。
「ん、もうよせって、スクアーロ。くすぐったいよ」
肩を震わせたツナヨシは口元からひょいと手をよけて、引き締まったスクアーロの胸元をポンポンと軽くたたいた。
幼子をあやすようなその仕草にいささか釈然としないものの、『まぁ、それはそれでいいか』などと思ってしまう。この自分が。
風がそよそよと吹き抜けて、頭上の木の葉を揺らす。
かすかなハミングと甘やかな香りがスクアーロの意識をくすぐって。
――――穏やかな、穏やかな午後。
仮にもマフィアのボスだというのに。暗殺部隊の作戦隊長だというのに。
(ったく、コイツが絡むとどうにも締まらねぇぜ)
柄にもなく気を許している己に思うところはあるものの、この心地よさを放棄するなどできはしない。体の痺れは、もうほとんどとれていて、動くに支障はない。
だが、もう少し。
こうしていたいと望むのは、どちらの意志か。
けれども、そんな微睡むような至福の時は、身に慣れた、いや、慣じみすぎている殺気によって打ち砕かれた。
苛烈すぎる怒りと殺意に、周囲から一斉に鳥が飛び立ち、空気がビリビリと震撼する。
明確な質量を持って突き刺さる殺気に、ガバリとはね起きたスクアーロはツナヨシの背後に『地獄』を見た。
―――――すなわち、右手に憤怒の炎をゴウゴウと燃やし、全身からドス黒いオーラを発している上司の姿を。
「ちょ、スクアーロ!」
突如、身を起こしたスクアーロに驚いたツナヨシは、体勢を崩してそのまま後ろに倒れ込む。そして反転した視界に見慣れた姿を見つけて声をかけた。
「って、あれ?ザンザス、何してんの?」
きょとんと見上げるツナヨシの頭を無言でくしゃくしゃと撫でると、地獄の使いはスクアーロを見下ろしドスのききまくった声で低く囁く。
「カス鮫が、こんな所で呑気に昼寝とは。いい身分だな、あぁ?」
「ボ、ボス、ご、誤解だぜぇ・・・」
我らがボスが何故かツナヨシにご執心なのは、当の本人を除いて『周知の事実』というやつで。改めて状況を振り返ると、自分はそんなツナヨシに膝枕なんぞされていたワケで。おまけにキス(手だけだが)などしていたワケで。ハタから見ればどう考えてもいちゃつくバカップルだ。
状況を再度認識したスクアーロはギシッと石化しては、ダラダラと冷や汗を流す。
目の前にはボンゴレの天国と地獄。すなわち、ニコニコと無邪気に微笑むツナヨシと、不機嫌極まりないオーラを発したザンザスだ。
「ツナヨシ。このカスに用がある。連れてくぞ」
「いいけど。あ、ザンザス。あんましスクアーロに八つ当たりすんなよな」
「あぁ?てめーにゃ関係ねーだろうが」
「ムカッ。何だったらドン・ボンゴレ命令だしてもいいけど?」
「・・・ちっ、うぜぇ。まあいい。いくぞ。ドカスが」
「じゃ、またね。スクアーロ」
天国から真っ逆さまに墜ちた先には、地獄の魔王。
(・・・・う゛ぉぉぉぉい。こりゃねぇだろ)
ボンゴレ式・天国と地獄。
昇って墜ちて。ツナヨシが絡むと事態は更に過酷を極める。
身をもって学習したスクアーロなのだった。
END.
作品名:ボンゴレ式・天国と地獄 作家名:きみこいし