しあわせの残骸
03.結末がハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、そこだけでも知りたい
「ひでーな」
ぴり、と頭の中でぶれた映像が一瞬映ってフェリシアーノは午後の晴れた空を映す窓を見上げた。
同時に聞こえたのはロヴィーノの呟きで、彼は瞼を閉じたと思うとすぐに緊張感のない欠伸をした。目尻に小さく涙が溜まって、すぐにそれを拭き取る動作を眺め、今の映像は、と聞こうとして口を開いたフェリシアーノだったが、すぐに思いとどまって唇を結ぶように閉じた。
どうせ聞いたって、ロヴィーノははぐらかしてしまう。お前は知らなくていいと、いつも言うのだ。同じ「イタリア」であるというのに、不幸の情報はフェリシアーノには感じ取れない。その反対に、幸福の情報をロヴィーノは知れない。
ふたつでひとつであるが故の結果がこうなった。なんという不公平だろうとフェリシアーノは国ながら思ったが、ロヴィーノは別にいいんじゃねぇの、と気にした様子も見せずにそう言ったのだ。ふたつでひとつなのに、共有できない弊害があることが、フェリシアーノには歯痒くて仕方なかった。仕方なかった、のだけど。
「菊とアルフレッド、どこまでいっちゃったのかな」
晴れた空を映す窓を開けて、フェリシアーノは話を逸らした。数分前に散歩に言ってくると言った菊とアルフレッドを気にしながら、澄んだ空に飛ぶ複数の鳥たちを仰ぎ、風に揺られる木々の波に手を伸ばす。
「フランシス兄ちゃんとアーサー、良い食材買えたかな」
今日の晩御飯を買いに行ったフランシスとアーサーのことも、気にしてみる。でも上辺だけ。
触れられるはずもない風を指の隙間から逃がした。何かが、去ってゆく。フェリシアーノはそれだけは無性に感じていた。
ロヴィーノが感じることの出来る不幸を、ほんの少しだけフェリシアーノの周りのものが教えてくれた。それは風だったり、花だったり、鳥だったり、海だったりした。幸せなことの方が一番嬉しいけれど、世の中はそうも上手くもいかないらしかった。それは、フェリシアーノ自身もよく知っている。身をもって、知っている。
だからやはり聞かなくてはと、後ろで洋服雑誌に目を通しているロヴィーノをそっと振り返り、フェリシアーノはゆっくりと呼びかけた。
「兄ちゃん」
「なんだよ」
「あのさ、」
「あ?」
「そんなに、ひどい?」
ロヴィーノが雑誌から顔を上げた途端、ぴり、と頭が痛んだ。
同じであるけれど、同じではない「イタリア」。ふたりでひとつ。
でも、ひとつになったくせに、共有はできない。そんなロヴィーノを見つめながら、フェリシアーノは沈黙を守る。
「知らなくてもいいだろ」
「うん、そだね」
「そうだ」
「でも、俺たち以外の国は、どっちも持ってるんだよ」
「……」
「それなのに、俺、いつからだったか、人の痛みとか不幸とか分からなくなった。それって、やっぱり悲しいよ」
そう口にすると、ロヴィーノは鼻で笑ったように苦笑し、嫌味かコノヤローと吐き捨てるように悪態を吐いた。読んでいた雑誌を座っていたソファに捨てるように置いて、バカ弟が、と呟く。
「だからお前は”ヴェネチアーノ”なんだよ」
何度目かの罵倒。
もうそれは罵倒ですらなかったけれど、それを聞いてフェリシアーノは、うん、と力なく頷いた。
いつだって、こうなのだ。同じように聞けば、ロヴィーノは同じように返す。何度も、何度も、繰り返す。言い聞かせるように、伝えるように。そんな、傷みにさえならない罵倒の意味を考えながら、また窓の外へと視線を移した。
そして、ごめん、と小さく呟く。それが誰への言葉なのか分かっていたロヴィーノは、少し目を細めた。
空高く飛ぶ鳥は振り返ることはなく。
フェリシアーノは海のような青を泳ぐように進んでゆく鳥たちを見つめて、最後の別れの言葉を、口にした。