かなしさは蒼に逝く
「本当はこんな曖昧な想い、考えは伝えるべきでは無いと思っていた。
だが、溜めておくのも苦しい、捨てるのも苦しい。八方塞がりでどうしようも無かった。
そんな折、コレが届いた。」
そう言って、ヒイロは手にしていた封筒と便箋を俺の前に翳した。
「・・・・・・それ・・・・・・」
「お前は、"受け入れてくれなくても良い"、と言った。
だから、受け取る事から始めれば良いと。
纏まってなくても歪でも、思っている事を相手にぶつけてみれば良い、と。
お前が俺を本当に想ってくれるなら、きっと受け止めてくれるから、と言ってくれた。」
不安げに揺れる、ヒイロの眼差し。
その声音が微かに震えている事に、彼自身は気付いているだろうか。
「お前は、こんな俺でも、受け入れてくれると、言うのか?」
「―――――・・・馬鹿、本当お前、馬鹿だなぁ。」
不安に怯える体を包み込んで、言った。
可愛い。
愛しい。
どうしようも無い思いが胸を廻り、切なさに顔を歪めた。
それは、悲しみの歪みでは無かった。
「俺、言ったよな?俺はお前が大切で、特別なの。どんなお前だって、特別なの。
確かに俺には手放せないモノも多いけど、お前は、お前だけは、何を差し置いても守りたい。
守りたい、ってのはちょっと格好良すぎかもな。
隣を歩く事が出来たら、俺はそれで満足だ。
お前の全てを眺めていられる、位置にな。
長期戦は覚悟してました。だから、別にお前が自分の思いに区別が付こうが付かまいが、構わない。
俺は、お前が居てくれる、今この腕の中に在る、その事だけで、今は十分だ。」
諭すように、あやす様に、耳元で囁く言の葉に、精一杯の思いを込める。
苦しい思いのままに最後まで言ってくれた最愛の人に、愛しさと感謝を十分に乗せて。
肩口にヒイロの吐息を感じる。
君が此処に居て、想いが在る。それはどれだけ素晴らしい奇跡なのだろう。
顔も見えない体勢で、俺は躊躇いがちに回されたヒイロの腕の温かさを、背中に感じた。
「 」
そう、微かな声で囁かれた気がした。
「アキトさん、手紙が届いてます。」
「あぁルリちゃん。有難う。」
事後処理に追われていたアキトは、養女ルリが差し出した封筒を笑顔で受け取った。
差出人は、無い。
宛名だけが書かれた薄青の封筒。
流麗で整った字が羅列している。
アキトは笑んだ。
差出人に、確かな心当たりがあるからだ。
綺麗に封を施された封筒を開けると、たった1枚の便箋。
『アキトへ。
俺は元気だ。
また、その内、2人で会いに行く。
ヒイロ・ユイ』
適度な大きさの便箋に、たったこれだけ。
だが、筆不精だろう彼がこれだけを書くのに、どれだけ苦労したのか、思いアキトは心が温かくなった。
前回の手紙に差出人の住所を書かなかったのにも関わらずこれが届いたのは、恐らくアキトと同じ方法を取ったのだろう。
"またその内、2人で会いに行く。"
最後の1文。素気ないけれど、彼にとっては何よりも深い意味を含む、一言。
「ちゃんと、会えたんだね。」
アキトは慈しむように便箋を眺めると、引き返して行くルリを呼んだ。
「おぉ~い、ヒイロから手紙が届いたー!」
君が幸せであるように。
そう願った祈りは、無事、青に融ける事無く、届いたようだ。
今は、次に君に会えるその日を、思い描きながら、また今日も祈る。
大切な子供、家族が、今日も満たされていますように、と。