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友達以上恋人未満

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中学に入ってから男女問わず友人知人から「久々知と付き合っているのか」という質問を度々受けるようになった。それは不思議な話だった。久々知は家が近所の幼馴染で、今では一番仲のいい女子だったが、その関係と言えば一緒に登下校をするくらいな清いもので、それも言ってしまえば小学からの染みついた習慣みたいなものだったから、中学に入った途端にいきなりそのような質問攻めにあうのは納得のいかないことであった。しかし級友たちの言いたいこともわからんでもない。久々知といえば、入学して以来長いこと学年一位をキープし続けている超絶優等生で、堅物の塊みたいな女子であって(二年になった今でも奴のスカートが膝を隠していないことはない)、しかしそんな彼女が可愛くないのかと言うとそれはもう可愛かった。俺の贔屓目じゃあないことを声を大にして言いたい。少しくせ毛の髪をポニーテールにして揺らしながら歩く久々知は実に可愛らしかった。授業が終る度に顔にファンデーションを塗ったくっているそこいらの女子よりも、スッピンのくせに色が白くて睫毛の長い久々知は多くの男子の憧れでもあった。高根の花ってやつであろうか。そんな女にほど燃えるのが男の心理ってものなのだろう。久々知に告白して玉砕している男を俺は何人も見た。玉砕の理由も俺は知っている。久々知が超絶優等生で超絶美少女であるのと同時に、超絶不思議少女でもあったからである。久々知を映画に誘って代わりに今おすすめのにがりの話をされて辟易している輩を見た。遊園地も、プラネタリウムも、ショッピングも然りである。久々知は豆腐大好きの豆腐少女であった。
かく言う俺もその豆腐少女に思いを寄せる一人であることはここまで俺の独白を聞いてくれた皆皆様にはもうお分かりであろう。恥ずかしながらこの竹谷八左ヱ門、ある日は久々知のスカートをめくって五分間無言で見つめられ無言で土下座して、またある年のバレンタインには久々知の家の前を無意味にうろついた。そんな思い出が一度や二度ではないことも正直に言っておこう。しかしながら変態と言うなかれ、あの頃俺は若かった。それだけのことである。

皆が教室の思い思いの場所に集まり、ざわつく昼休みに、隣のクラスの久々知が廊下を通るのを眺めていた俺は、自らも知らぬうちに大口を開けていたことに気付いて急いで口を閉じた。
久々知は多分俺が見ていたことにも気付いていないだろうが。久々知はぴったり真っ直ぐ前を向いて歩くからな。
後ろの席でそんな俺を眺めていた(のだろう)三郎が、読み終えたジャンプを邪魔そうに机に押し入れながら、半眼で言った。
「告白したらいいのに」
「バッ……おまッ……出来るわけないだろうううう恥ずかしいいいいい」
突然の問いかけにさっと顔を紅潮させ、両手で顔を隠した俺を三郎は奇怪なものでも見るような眼で見た。
「なんでだよなんでだよ毎日二人で一緒に登下校してるくせになんでなんだよさっさと告白して付き合っちまえよあのにがり娘を保護しろよ」
「無理だろ無理だよ無理無理久々知は俺のこと何とも思ってないんだよあいつの頭は勉強と豆腐でいっぱいなんだ事実俺あいつと豆腐の話ばっかりしてるもん!」
「豆腐の話ばっかり毎日できるお前もすげーよ……お前のそういうところだけ尊敬に値すると思う俺。自信持っていいと思う」
「あれ、それ褒められてなくね?」
俺の呟きは三郎にすっかり無視された。奴は鞄からボトルガムを取り出し、二粒まとめて口に放り込んだ。どうでもいい話だがこのボトルガムも前述のジャンプも校内規則違反である。学級委員長の癖して授業中に平気でi-podを取り出し音楽を聴き始めるようなこいつに今更ガムがどうとかいっても無駄なのだろうが。
「大体お前ら付き合ってる以上の問題だろ。久々知の生理周期まで知ってるって聞いたんだけど本当?」
「え、本当だけど……そんな話しないの不破とは」
「するわけねーだろ馬鹿かチクショウ!」
三郎は同じクラスの不破と付き合っていて、その溺愛っぷりと言ったら有名であった。俺はまだ女子と付き合ったことが無かったからよく分からなかったが、奴の不破への接し方は傍から見ると異常とも思えるらしかった。俺は三郎とも不破とも仲が良かったから、二人が幸せなら何でもいいのだろう、と思うことにしている。
「だだだってなんか今日機嫌わりーなって思って尋ねると大体生理ってあいつが言うから……そしたらなんとなく周期もわかってくるだろ?」
「そんな話しときながら付き合ってないとか不思議だよ俺は」
「じゃあ三郎も不破に聞けばいいじゃん」
「聞いてどうする!俺の不破を汚すな!」
三郎は慎みがどうの青少年のモラルがこうのと言いながら俺の頭をジャンプでガツガツと叩いた。どうやら普通のカップルと言うやつは彼女の生理周期は尋ねないものらしい。
「大体俺は久々知のどこがいいのかわかんないね」
「そりゃお前が不破一択だからだろう」
「当たり前だ不破は俺のエンジェルだからな、他の女なんて選択肢に入れるのもおこがましい」
「やめて三郎、人前でそういうこと言うと馬鹿だと思われるから本当にやめて」
いつの間にか顔をひきつらせた不破が三郎の背後に立っていた。真顔で不破を「エンジェル」だのと言い放つ三郎に、いい加減俺は慣れていたので何とも思わなかったが、不破は三郎のそんな言動を大層気にするらしかった。三郎と言えば現金なもので、不破がきた途端口角がだらしなく下がって、ガム食べる?などと尋ねて機嫌取りに必死である(俺にはくれなかったくせに!)。
不破は三郎の座っている机の横に椅子を引っ張ってきて座った。三郎は、俺の膝に座れば、などと発言して不破に一発入れられていた。三郎はそんなことはもう慣れっこだ、と言わんばかりに意にも関さず言った。
「聞いてくれよ、不破ー。こいつさっきから煮えきらなくてさ。さっさと久々知と付き合っちまえばいいのにって思うだろ?不破も」
「そうだねー、付き合ってもいいんじゃないの?二人お似合いだし」
「不破までそんなこと言う!」
にこにこと毒気のない調子の不破の言葉に、俺は脱力し机に勢いよく突っ伏した。
「お似合いとか心にもないこと言いやがって……っ!い……言えるかよ……なんて言ったらいいんだ」
「好きって」
「俺のこと好き?って」
「言えるかぁぁぁぁぁ」
「じゃあ、今日生理?って聞ける?」
「それは聞ける」
「やっぱおかしいよお前ら」
三郎は呆れたように嘆息した。



「ハチ、帰ろう」
「おう」
放課後、いつものように久々知が教室に迎えに来た。中身のほとんど入っていない鞄を担ぐと、俺は教室の入り口に立つ久々知を教室の連中から隠すようにして立った。無意識のうちに、そうするようになっていた。俺たちにとっては小学生のころからお馴染みの光景であるのに、他の男子の羨望の視線が注がれるようになったのはいつからだっただろうか。俺が久々知をすっかり隠せるくらい背が伸びたのはいつからだっただろうか。俺を迎えに来る久々知を他の男子に見せたくないと思い始めるようになったのは、いつからだっただろう……。
作品名:友達以上恋人未満 作家名:ノミヤ