六道骸が風邪をひきました
十四歳の沢田綱吉たちが去った、彼らから見れば十年後にあたるその世界。
騒動の後、あれやこれやの事後処理もひと段落がついた頃には、気づけばイタリアの地にも冬が訪れようとしていた。
そんな中、とあるマフィアの屋敷の客室。
ゲストのために用意されているベッドで横になる男と、その横で看病らしきものをしている男と、それぞれの姿がそこにはあった。
「また風邪ひいたってさあ……寒くなってからもう何回目だよ、骸……」
と、ベッドサイドで水に浸したタオルを絞りながら、面白くもなさそうに呟いたのは沢田綱吉だった。
「別に僕だって、好きで風邪ひいてるわけ、じゃないですよ……」
げほげほと風邪らしく苦しげな咳をしながらも、しっかり悪態をついているのは六道骸だった。
今までの緊張が切れたのか何なのか、寒くなってきたこの頃になって、骸はやたらと体調を崩し続けていた。とはいえ重大な病ではなく、何の事は無い、ただの風邪であるのだが、一週間ほど寝込んで治ったかと思えば、またすぐに風邪をひく、というパターンをもう数えるのも嫌になるほど繰り返している。本格的な冬の到来を目前に控えたこの時期でこれならば、果たして風邪のシーズンが終わるまでにはどうなる事かと、大抵の事には動じない周囲も流石に不安を覚えはじめていた。
今回は今回で、治った合間に仕事でも頼もうかと呼びだしたところで発症していたため、患者本人としては非常に不本意ながら、ボンゴレの屋敷での療養と相成ったのであった。
「お前ってそんなに体弱くなかったよなあ?」
ため息をつきながら綱吉が首を傾げるのも当然だ。骸は病弱なタイプどころか、むしろ他の守護者同様、喜々として物事を引っかきまわしながら自らも元気に暴れまわるタイプである。
「どうせ何か不摂生のせいだろ。いい加減にしとけよな」
ぺしり、とはたく勢いで絞った冷たいタオルを額にあてる。実にぞんざいな扱いようだ。
初めの頃こそ、すわ鬼の撹乱かとそれなりに騒いで心配もしたのだが、いい加減、こうも立て続けに体調不良になられると、慣れもあってかうんざりしている節があった。
散々な言われように流石の骸もむっとしたのか、まだ熱も下がりきらずに体も辛いだろうに、昂る感情のまま、気力だけでがばりとベッドから起きあがり、驚くほどの大声でこう叫んだ。
「仕方ないじゃないですか!生身なんですから!」
病人とは思えないその勢いと台詞に、綱吉は思わずぽかん、と口をあけて骸の顔を見つめてしまった。
思い返せば記憶にも新しい白蘭との戦いの中、どさくさに便乗する形で骸は復讐者の牢獄から晴れて出所を果たしたばかりである。
そう、言ってみれば出所ほやほや、久々のシャバ一年目なのだ。
これまで囚われていた水牢の中は外気の影響など受ける事もない環境だったため、十年ぶりの生身の体には、ちょっとした環境の変化にも適応の範囲が狭く、すぐに影響を受けてしまいがちだった。
まして生身となって初めての冬だ。それは風邪もひきやすくなっていることだろう。
生身の肉体だからこそ、こうして風邪をひくことができる。
逆に言えば、風邪をひくことそのものが、骸が自由の身である事を示しているともいえる。そこに思い至り、綱吉は何ともいえない感慨に胸をうたれた。
「そっか……そう、だよな……」
胸の奥と目頭が熱くなるのを理性だけでは止められず、思わず骸から顔を逸らして俯いてしまう。
「……綱吉君?」
矢継ぎ早な理不尽な突っ込みが途切れたのに不審を覚えたらしく、骸は怪訝そうに眉を寄せた。
しばらく肩まで震わせて何やら一人感慨に浸っていた綱吉だったが、たまらなくなったのか、不意に押し倒さんばかりの勢いで骸に抱きついた。
「そうだよな……そうだよな……生身だもんな……生身なんだよな……!」
「ちょっ、綱吉君、苦しい……!」
立て続けの病で体力が削られているところに抱きつかれては、苦しくとも振り払う事もできない。骸のなけなしの体力は先ほど叫んだ事でもうほとんど残ってはいなかった。
何気ない自分の一言がこの状況を招いたのだと理解できていない骸は、ただただ無抵抗で綱吉に抱きしめられるばかりだった。
「骸……ごめんな、俺、酷い事言って。もういくらでも好きなだけ風邪ひいていいからな。ちゃんと俺が責任もって看病してやるから」
「いや……ちょっと君、それは、違いませんか……?」
という骸の突っ込みも何のその、先ほどまでの投げやりな態度もいずこともなく消え去り、綱吉は満面の笑みを浮かべ上機嫌で骸をベッドに寝かしつけようとする。
「いいから、ほら、もうちゃんと寝てろ。な?」
有無をいわさぬ強引な寝かしつけ方ではあったが、決してそこに茶化したり面倒がるようなものはない。あくまでも病人である骸の事を大事に思った上であることを感じられるものだった。文句を言っていた先ほどとは違って、その慈しみの気持ちがはっきりと伝わってくるからこそ、何か言いたげにしながらも骸も黙ってベッドに横になる。
「元気になったら美味しいチョコレート食べに行くの付き合うからさ、早く元気になれよ」
額に軽く口づけると、新しく濡らしたタオルをそこに乗せてやる。
子供をあやすように、ぽんぽんとベッドカバーの上から叩いてやると、消え入りそうな小さな声で、ありがとうございますと呟きが聞こえた。
騒動の後、あれやこれやの事後処理もひと段落がついた頃には、気づけばイタリアの地にも冬が訪れようとしていた。
そんな中、とあるマフィアの屋敷の客室。
ゲストのために用意されているベッドで横になる男と、その横で看病らしきものをしている男と、それぞれの姿がそこにはあった。
「また風邪ひいたってさあ……寒くなってからもう何回目だよ、骸……」
と、ベッドサイドで水に浸したタオルを絞りながら、面白くもなさそうに呟いたのは沢田綱吉だった。
「別に僕だって、好きで風邪ひいてるわけ、じゃないですよ……」
げほげほと風邪らしく苦しげな咳をしながらも、しっかり悪態をついているのは六道骸だった。
今までの緊張が切れたのか何なのか、寒くなってきたこの頃になって、骸はやたらと体調を崩し続けていた。とはいえ重大な病ではなく、何の事は無い、ただの風邪であるのだが、一週間ほど寝込んで治ったかと思えば、またすぐに風邪をひく、というパターンをもう数えるのも嫌になるほど繰り返している。本格的な冬の到来を目前に控えたこの時期でこれならば、果たして風邪のシーズンが終わるまでにはどうなる事かと、大抵の事には動じない周囲も流石に不安を覚えはじめていた。
今回は今回で、治った合間に仕事でも頼もうかと呼びだしたところで発症していたため、患者本人としては非常に不本意ながら、ボンゴレの屋敷での療養と相成ったのであった。
「お前ってそんなに体弱くなかったよなあ?」
ため息をつきながら綱吉が首を傾げるのも当然だ。骸は病弱なタイプどころか、むしろ他の守護者同様、喜々として物事を引っかきまわしながら自らも元気に暴れまわるタイプである。
「どうせ何か不摂生のせいだろ。いい加減にしとけよな」
ぺしり、とはたく勢いで絞った冷たいタオルを額にあてる。実にぞんざいな扱いようだ。
初めの頃こそ、すわ鬼の撹乱かとそれなりに騒いで心配もしたのだが、いい加減、こうも立て続けに体調不良になられると、慣れもあってかうんざりしている節があった。
散々な言われように流石の骸もむっとしたのか、まだ熱も下がりきらずに体も辛いだろうに、昂る感情のまま、気力だけでがばりとベッドから起きあがり、驚くほどの大声でこう叫んだ。
「仕方ないじゃないですか!生身なんですから!」
病人とは思えないその勢いと台詞に、綱吉は思わずぽかん、と口をあけて骸の顔を見つめてしまった。
思い返せば記憶にも新しい白蘭との戦いの中、どさくさに便乗する形で骸は復讐者の牢獄から晴れて出所を果たしたばかりである。
そう、言ってみれば出所ほやほや、久々のシャバ一年目なのだ。
これまで囚われていた水牢の中は外気の影響など受ける事もない環境だったため、十年ぶりの生身の体には、ちょっとした環境の変化にも適応の範囲が狭く、すぐに影響を受けてしまいがちだった。
まして生身となって初めての冬だ。それは風邪もひきやすくなっていることだろう。
生身の肉体だからこそ、こうして風邪をひくことができる。
逆に言えば、風邪をひくことそのものが、骸が自由の身である事を示しているともいえる。そこに思い至り、綱吉は何ともいえない感慨に胸をうたれた。
「そっか……そう、だよな……」
胸の奥と目頭が熱くなるのを理性だけでは止められず、思わず骸から顔を逸らして俯いてしまう。
「……綱吉君?」
矢継ぎ早な理不尽な突っ込みが途切れたのに不審を覚えたらしく、骸は怪訝そうに眉を寄せた。
しばらく肩まで震わせて何やら一人感慨に浸っていた綱吉だったが、たまらなくなったのか、不意に押し倒さんばかりの勢いで骸に抱きついた。
「そうだよな……そうだよな……生身だもんな……生身なんだよな……!」
「ちょっ、綱吉君、苦しい……!」
立て続けの病で体力が削られているところに抱きつかれては、苦しくとも振り払う事もできない。骸のなけなしの体力は先ほど叫んだ事でもうほとんど残ってはいなかった。
何気ない自分の一言がこの状況を招いたのだと理解できていない骸は、ただただ無抵抗で綱吉に抱きしめられるばかりだった。
「骸……ごめんな、俺、酷い事言って。もういくらでも好きなだけ風邪ひいていいからな。ちゃんと俺が責任もって看病してやるから」
「いや……ちょっと君、それは、違いませんか……?」
という骸の突っ込みも何のその、先ほどまでの投げやりな態度もいずこともなく消え去り、綱吉は満面の笑みを浮かべ上機嫌で骸をベッドに寝かしつけようとする。
「いいから、ほら、もうちゃんと寝てろ。な?」
有無をいわさぬ強引な寝かしつけ方ではあったが、決してそこに茶化したり面倒がるようなものはない。あくまでも病人である骸の事を大事に思った上であることを感じられるものだった。文句を言っていた先ほどとは違って、その慈しみの気持ちがはっきりと伝わってくるからこそ、何か言いたげにしながらも骸も黙ってベッドに横になる。
「元気になったら美味しいチョコレート食べに行くの付き合うからさ、早く元気になれよ」
額に軽く口づけると、新しく濡らしたタオルをそこに乗せてやる。
子供をあやすように、ぽんぽんとベッドカバーの上から叩いてやると、消え入りそうな小さな声で、ありがとうございますと呟きが聞こえた。
作品名:六道骸が風邪をひきました 作家名:ヒロオ