前世を言ったら笑われるよ
「そういえば旦那、北陸土産、何がいい?」
「ん?遊びに行くのか?」
「そうそう、あっちに進学した友達の学校祭があるからさ、久しぶりに遊びに行こうと思って。ちょっと距離があるから、土日一泊。」
「大掛かりだな。」
「ちゃんと保護者つきだよ。一緒に行く子のお目付け役がね。」
「うむ。ならば安心だな。」
「・・・俺様、そんな心配されるほどじゃないと思うんだけど。」
「何かあっては大事だからな。遠くに行くなら駆けつけられまい。心配くらいさせろ。」
「・・・・・何だかなあ。」
「何だ?」
「旦那、恥ずかしい。」
「な、何を申すかっ!!」
「あれ、もう終り?」
動揺したからだろう、旦那の槍がブロックの一つを倒した。
ヒョイ、と軽く飛んで俺様は次のブロックに足を乗せる。
旦那は短く唸って、ブロックを一つ置きに次々倒していく。
自棄を起こしたらしい。
俺様は、とんとんとん、とブロックが倒される前に渡りきって、もう一周、残ったブロックも全て倒れるまで渡りきる。
フィニッシュ!と体操選手がやるみたいに、最後は飛び跳ねて両手を挙げ直立した。
「むう、倒れなんだか。」
「何の勝負よ?」
「倒れたら土産を二つと思っておったのだが。」
「どんだけ食いしん坊?!」
「食べるものとは限るまいに・・・」
「いーや、あんたのことだから絶対食べ物だね。試しに言ってみなよ?」
「・・・む。濡れおかきとあんころと鱒の寿司と・・・」
「二つじゃないじゃん!!」
「いや、入手が難しい店のものなので、万一売り切れていたらと思ってな。」
「・・・・・お土産、大将の分だけにしとくわ。」
「案ずるな!難しいといっても販売先が作り手の実店舗以外には少ないというだけだぞ。車で行くのであれば問題ない!」
「・・・北陸って広いのよ?どこが問題無いの?」
「サービスエリア以外に卸しておらん。」
「・・・・・ああ、まあ、それなら?」
高速道路を使うことを見越しての依頼だったらしい。
まして市街地では売っていないなら、確かに頼んでみたい逸品だろう。
「うむ、決まった場所のサービスエリアのみ販売しておる。ちょっとしたスタンプラリーだ。」
「どんなスタンプラリーよソレ!運転するの俺様じゃないのよ?!嫌味言われるのも怒られるのも!!」
「大丈夫だ、待っておれ、地図を印刷してきてやろう!」
だだだだっ、と旦那は嬉々として走っていった。
問題は場所がわかるかどうかじゃない、という俺様の心の声は当然聞こえない。
と、入れ違いで大将がやってきた。
どしどし、という足音に道場の皆が手を止め、立ち上がり一礼をする。
お館様、という声に、手振りで好きにして構わないと押し留め、俺様の方へ向かってきた。
「幸村と擦れ違ったが、どうかしたか?」
「ああ、お土産のリストがどうとかでパソコンに・・・」
「おお、それよ。佐助、今週末に北陸に行くそうだな。」
「ええまあ。大将はお土産、何がいいですか?」
「うむ、酒を所望した。」
「所望・・・した?過去形?」
過去形にも、どうして週末の予定を知っているのかにも疑問が募る。
怪訝な気持ちを、俺様は物凄く嫌な顔で露にしたのだろう。
武田の大将は、それは面白そうにニヤリと笑って、言った。
「先ほどの、強面の男が、ワシの生徒をお預かりしますと丁寧に挨拶に現れよってな。ついでだから、土産を頼んだのよ。」
「だああっ!!違うでしょ片倉さんっ!!挨拶しなきゃならないのはウチの親っ!!親だってばっ!!」
誰のことを言ってるか、即座に解って俺様は絶叫した。
が、武田の大将は悠然としたもので。
「そちらは主が礼を尽くして挨拶に行くと申しておったわ。仲が良いようで良かったのう。うん?」
「今は今、昔は昔ですからね!友達になっちゃったのも偶然ですしっ!!」
俺様は青褪めた顔で吐き捨てた。
「そうじゃのう。ワシらと出逢うたのも偶然よ。縁ばかりはなす術もあるまい。」
カラカラと武田の大将は笑った。
昔の敵方と、ということを気にしていないらしいのは良かった。
が、俺様は青褪めた顔色を戻せない。
「ん?どうした。何か気になることがあるようじゃのう。」
「・・・お館様・・・俺様、今日から此処の家の子になりたい・・・。」
「おお?!」
周囲もぴたりと動きが止まって、こちらを注目しているのがわかる。
「ウチに帰りたくない・・・絶対、親が興味津々で待ち構えてるもんよ。付き合ってるとかなんか、絶対期待して待ってる・・・。」
呵呵大笑する声が道場に響いた。
「なんじゃ、そんなことを気にしておったのか!しかも、あれは今は女子となっておるのか?!これは愉快じゃのう。」
「大将っ!!」
「全く、珍しくお館様などと呼ぶから何かと思えば・・・小憎らしい小技を使いよって。」
「・・・ひっかかってくれないくせに。」
「当然じゃ!さて、幸村の様子を見に行くかの。あれは二回に一度はパソコンと喧嘩しよる。」
武田の大将は苦笑しながらも、飄々とした足取りで邸の方へ戻っていった。
そこかしこから、道場の人たちの苦笑した気配を背中で感じながら、俺様はブロックを集めて片し始めた。
旦那は食べ物への執念か、パソコンとは喧嘩せず、見事に地図を印刷して持ってきた。
俺様は渋々それを鞄に詰めて、帰宅した。
足取りは当然、重かった。
週末まで、あと3日。
作品名:前世を言ったら笑われるよ 作家名:八十草子