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【冬コミ新刊・1/23UKオンリー】俺の本田がこんなに(ry

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小指の先に赤い跡が残る。

 傷と言うには控えめな跡で、なにかしらの理由を取り付けることがなくとも、生活で見過ごされるような小さい跡だ。
 しかし膝の上に置いた自らの手が目に入った途端、アーサーは一人で息を飲む。
 鮮やかに再生されるその日の記憶に、アーサーは打ち震え椅子の上で丸まった。皺も無く用意されたトレンチコートが折れ曲がる。
 笑いもなくただ羞恥に辱められ、アーサーは小さくベンチの上で記憶のみに苛まれる。合皮とアルミニウムで出来た土台は軋むこともなく、惑うアーサーの体重を受け入れる。

 別に夜明けまで抱かれたせいで声が枯れようが、白い肌にいくつも鬱血を残しても、うまく隠し通しては夜の淫猥さと区切りをつけてきたはずなのに、どうしてこれはこんなにうずいて存在しらしめるのか。導線を視覚化したラインが連なって駅の床に黄や白で描かれていた。目線だけで思考は乗せず、それを沿って流れる人波を追っていく。
 茶でも飲んで気を紛らわせようか、と視線を上げようとしても、途端に鞄を抱えた右手が重みを増す。実際は重量も質量も変えることはなく、アーサーの錯覚だったのだが。

 この小さな跡をつけた男のことを思い、一人息をじっとりと湿らせた。



 *


 好きにしろと言ったのに。

 ため息に混じるのは呆れか困惑か、自らでも気付けることもなく、アーサーはジャケットを脱いだスーツ姿のままシングルベッドの上に座り込んでいる。
 前方を見やれば、ひざまずくようにうずくまるように、背を丸めるもう一人の男のせいでシーツは撓んでいた。
 声を掛けようと男は全く意に介さず、アーサーのほかの部分もおざなりで右手だけをいじっている。
 
 右手に触れること、それはもちろん、親愛の意味としての触れあいではない。
 現に今は夜半に近い時間帯で、今ベッドの上ですることといえば限られていて、二人が睡眠を選んでいないことも事実である。

 先ほど、すべてを許諾した意味で好きにしてくれと言ったのに、どうしてこの男はこんな中途半端な触れあいで終始するのか。互いの堅い境界線を緩めているこの夜にこの有様を見せつけられ、恨めしく本田に視線を重く投げかける。が、本田はそんなアーサーの心持などまったく知らぬように、ただ細やかにそして熱心にその箇所への愛撫を続けているのだ。

 勇気を出してすべてを許したはずなのに、取り交わされる接触はすべてこんな調子だ。
 全てを許す、といえばどんな初心な人間でも意味は通じそうなものだが、そこは文化圏の違いか、それとも彼自身の性格なのかアーサーには判断が付かない。

 『では、この右手だけで』
 この時間が始まる直前の、本田の返事を思い返す。
 すべてを差しだし彼に委ねるつもりでいたアーサーに、控えめながらもはっきりとした声音で言ってのけたのだ。
 曖昧に返事を濁すことも多い唇は、こうしたところできっぱりと自分の意志を見せつけて、今この場ではこんなしぐさを見せている。喋る以外の、アーサーが考え付きもしないような接触を、だ。
 最初は冗談だと思っていたのに、本当に右手だけしか触らない上に口にもしないその相手の様子を見やった。
 その一点だけは執着の限りを見せる、まるで母親の乳房を離そうとしない赤ん坊だ。

 背を丸め、アーサーの右手を舐めて触って、達しもしないその場所を焦らし高め続ける。几帳面さを表すような、本田の切りそろえた前髪が揺れ、瞳が右手の指先だけを追う。指の股を舌先で撫で、味のないその場所をいつまでもしゃぶり続ける。
 国では庭仕事が多いせいか、アーサーの掌の皮は厚くできていて、そんな場所に舌を這わせているものだからくすぐったくてしょうがない。
 口の中に含まれた指を吸われる。性に関しては即物的な性格のおかげで、まどろっこしい触れあいをしたこともされたことも記憶が薄い。
 この場所だけ重点的に責められることなど、むろん初めてのことだった。
 本田は先ほどから、よくそんなに思いつくな、とアーサーが感心するほどの触れ合いが繰り出される。
 咥内で指の腹を擦りあげ、指先に滑った舌の感触が通り抜け、ひゅう、と息を飲みこむと反応を表してしまうこととなった。
 こんな愛撫ともつかないおかしな接触で、ふれられた右手以外を高ぶらせる結果となる。着の身着のままでいたワイシャツが、汗で湿っていく。
 人差し指と中指を舌でなでつけ、舌が滑る。口淫にもにた仕草で本田はアーサーの右手を慰めていくようにするのだ。

 昔聞いた話では、人間の一番敏感な部分がそこなのだという。指先での触感はすべてこの男に取られていてなぶられる。手首は骨を感じ取るように擦られて、爪と肉の間に吸いついて、粘液も分泌されないのにまた舌をちろちろと往復させる。
 「に、ほん…」
 名を呼んでもちっとも男の舌も唇も緩まない。ねっとりと、執着を唇と舌に乗せて、アーサーの右手を翻弄していく。

 「う、あ」
 嬲っていた指先を急に軽く噛まれた。ぬるい接触の中でその刺激は際だって、おもわずぶつ切りの声をあげてしまった。
 それが無性に恥ずかしくなり、反応の末に膨らみかけたそこを隠すように両膝を閉じた。その動きはごく近くで膝を畳んで、自分の指を食む男を阻害してしまう。
 淫靡さに落とし込まれることがこんなに羞恥を燃え上がらせるものなのだろうか。やっと唇が右手を解放したのを見て取って、アーサーはほんの少し上擦った声音で問いかけた。

 「そんなんで、楽しいのか」
 本田はとりつかれたような視線をようやく追い払ってアーサーへと向かう。表情だけはいつもの慎み深さをよみがえらせたものの、行為の証拠として自らの唾液で唇を光らせている。

 そして無言で笑って答えを是とした。余りのすがすがしさに、困惑の渦中に落とし込まれる自分がゆがんでいる錯覚に陥る。
 きっとそんなことはないはずなのに。まるで高められた右手だけ感覚を切り離したようになって、唾液でぬめるその箇所をぼんやり眺める。何の
執着のあととして、本田の噛みあとが薄い手の甲に散っていた。


*


 つい最近の夜の記憶が思考を蹂躙して、揺らす。
 まだ明るい時間帯だというのに、急に顔を合わせてしまった後ろめたさに背は重く、内蔵は苛まれていく。腕時計の文字盤を見る気にもなれない。

 いや、情事でもないのか。ただ手に触れられただけだ。結局本田はあの後もアーサーの右手以外にはいっさい触れることなく、さんざん堪能し、やがて遊び疲れて眠ってしまっった。やましいことは何もない、それだけだ。
 言い聞かせるように思考をめぐらせても、右手にかすかに残るその跡が薄くなることは無く、記憶も同じような態度を取っていた。

 目線を落としてばかり居るためか、靴を通した人の往来ばかり目に入る。
 急に、構内の蛍光灯で照らされまるで秘部を無防備にしている気分になって、あかあかと晒されるその部分から目をそらす。何の変哲もない自分の右手が途端にふしだらさをはらむようになって、アーサーはまた羞恥と居たたまれなさで頭を下げた。
 雑踏もアナウンスも耳にはまったく入らず、指先に残る感覚だけを思い返す。