【冬コミ新刊・1/23UKオンリー】俺の本田がこんなに(ry
本田の絡んだ指、這った舌、刺激を与える歯、あんなことをできるとは、するとは、想いもしなかった。
普段の彼の穏和さが逆に行為のアブノーマルさを際だたせているかのようだ。また想像がどっぷりとうらぶれた淵へと誘われる。はぁ、とため息をはくとやはりじんわり湿っていた。
「どうなさいましたか、サー」
部下の一人である女性に声を掛けられ慌てて右手を手袋の中に隠し込んだ。火照った頬をどうにかして宥めようとするアーサーとは対照的に、きっちりとスーツで固めた姿は理知的である。
「なんとか席は取れましたわ、あまりいいものではありませんでしたが」
咳を払いながらありがとう、と告げプリントしたE−チケットの控えを受け取る。こうしてベンチで淫猥な物思いに耽っている訳にもいかぬ。彼女の鋭いヒールの音がアーサーの思考を若干冷えたものにさせていく。
週末のステーションは、各々の目的地へ向かう人々でにぎわっている。その騒がしさと行き交う足音はアーサーのみだらな回想をどうにか誤魔化してくれる。人混みに疲れた振りをして、返事は薄くすませた。
部屋の掃除と庭の手入れを予定していた休日は、彼の国への訪問に切り替わることとなった。急な思いつきで予定を塗りたくり、当の相手との強引な約束を取り付けたのはつい数時間前のことだ。
突拍子もなくで散漫で、こんな無茶は普段なら忌避すべきものなのに、熱に浮かされた、あるいはその類の魔法をかけられしまったのか。うっすら残りアーサーの思考を苛め続ける跡が、急きたてるようにしたのだ。としか言いようが無い。
アーサーの旅路を演出した女性は、手袋の中身なぞ知る由もなく、揚々と『本田様によろしく』などと言い放ってくれた。途端にアーサーの旅立ちにいかがわしさを付加させ、下げた鞄を落としそうになる。
プラットフォームへと向かおうと足を無理やり機敏に動かすが、精神を反映してエスカレーターの手摺を握る手がじんわりと汗ばんでいった。
これじゃ名実ともに密会に走る愚かな女の格好だ。掌を硬く握り締めると皮の手袋が鳴って、赤く跡の残る右手が震える。
ふれてほしいと戦慄くのか、それとも得体の知れない接触におびえているのか。
跡を残された小指は逃げ、男のところへむざむざと向かっていくアーサーに抗っているかのようだった。
2
急な来日は想像より穏やかに受け入れられ、アーサーは本田と少ない時間を共にすることとなった。
もともと、あの一件がある前はこうして時折互いの家を訪ねることができる間柄だったのだ。今までの関係性との差が鮮やかなことはアーサーを更なる精神の深淵に落とし込む。きつくしめたネクタイが呼吸も阻害して、ワイシャツの内側に汗を滲ませる。
挨拶も茶もおざなりにまたあの時間が始まってしまい、アーサーは腹の中に重く酸素をため込んだ。
本当にただの友人ならば、こんな行き過ぎた接触は跳ね飛ばしてしまえばいいし、わざわざ蛍光灯の明かりまで落とす必要はないのだ。床の間に活けられた花は、この熱心な男に茎から切られたものなのだろうか。アクセントの椿の赤さが、アーサーの浮ついた視線に焼きつく。
明るい時間には温和さを多く見せ付ける男が、やはりこうしてどんよりとした重い執念を見せ付ける。
照明を消した薄暗い客間で、言葉もなく右手は男にもてあそばれる。生活に一番近い器官であるはずなのに、今はまるでもっと敏感でいやらしいものとして扱われている。実際に彼に口に出されたわけではないが、喩えれば擬似の性交のような、そんなひりひりとした実感の残る、後ろめたいやりとりではあった。
いつかの夜と同じように、本田はアーサーの右手にだけ濃い執心を見せる。右手を口に含んでこすり、そこばかりを責めたてる。舐め尽した指先を、なおもしゃぶって唇と舌で愛でる。
苛め抜かれているより、愛でられているという接触でよかったとアーサーは密かに思う。ジャケットだけ脱いだスーツ姿になり畳の上に尻をついて、眼前の男の歓楽を眼で追っていた。
部屋着といえども、かっちりと袂を閉める本田に乱れはなく、やはり瞳と唇以外は平素の様子で右手を翻弄する。
ふと、丹念に舐められた薬指の先を、湿った唇で挟まれた。
「う」
小さく呻いて、アーサーは漏れた声に瞬時に頬を染まらせた。漏れた声の行方を、目の前の男に求めても、やはり視線は右手に縫い付けられていて、反応を返してしまったアーサーを通り抜けていく。
「なぁ、それ以上触らないのか」
そう声を投げかけると腕より下に張り付いていた目線がようやく上がる。
先日も感じたことだが、本田はアーサー自身の事は右手の付属品だとしか思っていないのではないか。
意識の中で軽くはじき出した自分自身への皮肉は、鋭く刃を心にめり込ませる。
「いえ、それは」
しかし自虐的な妄想と離れて、今まで一心不乱に右手を弄んでいた男が、急に言葉尻を鈍くさせる。
意外な反応に口ごもる本田と同じように、アーサーも驚いてしまった。あっさりと誘いを断たれたら、今までと同じく彼の思い通りにさせてやるつもりだった。しかし、いつまで経っても対面に座り込んだ男から強い拒否の言葉は発されない。え、とアーサーはまだ右腕をホールドしたままの本田を見やるが、先ほどまでの専心していた様子は霧散して、むしろ僅かに視線は移ろっていた。言ったアーサーのほうも思いのほかたじろいでしまう。
しばらく、すわり心地の悪い沈黙が重なって、本田もアーサーも整然とした畳の目に視線を落としていた。
「なぁ触っていいか」
思いついたことを放ってみると、今まで右手に向かって乗り出していた本田の肩がすこし下がった。
されるがままにしていたアーサーからの急な申し出に、本田は真っ黒な瞳をくるりと回す。この男の感情の機微に詳しい訳ではないが、おそらく精神のざわめきを映しているに違いない。緩やかなラインの顎が横に傾きかけたのを見て、アーサーは畳みかけるかのごとく言葉を発した。
「イヤだよ。俺がさわりたい」
よどむ前にきっぱりと言い切ると、彼が右手をつかむ力が弱まっていった。
その間にするりと彼の大好きな荒れた右手を逃れさせる。
虚を突きたかった訳ではないが、対面の本田はアーサーの顔をぼんやりと眺めるだけで、言葉に返事を返せず窮しているようだ。執着の光の消えない瞳は、どこまでも逃れさせたアーサーの掌を追っている。
一度、自分の視界に納めて自らの手の状態を確認するが、一心不乱に、しかも細やかにしゃぶられたせいか、輪郭がふやけて溶けたようにも感じられた。
「え、あの」
「いいから」
言葉はいつまでも絡まっていきそうで、アーサーは一度この場で断つことにした。
唾液で湿った右手を本田の充血した唇に寄せて、それから顎を引き寄せて口づけた。こんなものが彼との初めてのキスになってしまった。
拒まれるかどうかはアーサーの賭けであったが、まごつく隙に深い口付けにもつれ込んでしまった。あれだけ右手をいいようにしていた男が、キスに戸惑い舌を逃げさせる。もごもごと彼の口の中に舌を潜り込ませ、アーサーは口の端をわずかに上げた。
作品名:【冬コミ新刊・1/23UKオンリー】俺の本田がこんなに(ry 作家名:あやせ