【臨帝】会えない日には/帝人視点【腐向】
「はあ…」
もぞもぞと身じろぎをして寝返りを打った帝人は、凛として凍て付く冬の冷気に包まれた我が家に溜息を浮かび上がらせていた。
築半世紀越え程度に古い家屋は何処からか隙間風が吹きこんでくるせいで寒くてたまらない空間であるが、節約を心がけている帝人は電気料金を意識し暖房器具は極力使わないようにしている。その為この布団だけが、唯一身体を温める手段だった。
掛け布団を身体に巻きつけ、暖を取りながら。睡魔が導く心地よい眠りへの誘いを待ったが、眠気は一向に訪れない。
むしろ時間の経過と共に焦燥を募らせ神経が張り詰めていくばかりで、目が覚めていく一方だった。
眠ろうと思えば思うほど、眠れない。と認識をしてしまう。いっそ寝ることを諦めてネットでも楽しもうかと思ったが、そんな気分にもなれない。帝人は布団の中で身体を抱えながら、ゆっくりと流れているような気さえする時間と、言いようの無い不安感を持て余すばかりだった。
帝人が精神不安に陥っている原因は、現在手にしている液晶ディスプレイに表示されたアドレス帳の人物・折原臨也である。
***
臨也は新宿を拠点とする情報屋で、親友から絶対に近づいてはいけない存在だと忠告をされた男だ。
実は上京する前からネットを通じて縁のある人物だったのだが、池袋に住むようになってから彼と係わる機会が何故か増えて行き、その中で彼はまさしく悪逆無道と呼べる人間であると、理解した。
人間を愛するという独自の美学を持つ反面で義理人情など欠片も持ち合わせず、例えば自殺しようとする人間が居たら笑顔を浮かべながら静観し、自殺志願者がビルから飛び降りる様を楽しむような人間である。更に付け加えるなら、件の自殺志願者をそこまで追い詰める事までも平然とやってのけるのだ。
はっきり言って悪人の類に分類される男だが――何故か彼は帝人に対し、優しかった。
臨也は初め、架空のカラーギャング・ダラーズの創始者である帝人に興味があると接近してきた。
傍若無人に振舞う臨也に初めは不快感を覚えていたが、一人寂しく過ごす時間を埋めていってくれたのは臨也だった。
池袋に上京したら充実した日々を過ごそうと期待に胸膨らませていた帝人だったが、内気で消極的だったせいでごく僅かな友人としか交流が出来なかった。それに故郷を離れ一人暮らしをしているため、家に帰れば一人きりである。一人の時間が増えていくのは、当然の事だった。
実家に居た時も自分の部屋に引きこもりがちだったが、家の中に誰かが居ると思うだけで心細さが違う。
上京したことを後悔しているかと聞かれれば、答えはノーだ。
閉鎖的な田舎暮らしに辟易していた帝人は、あらゆる人種が集う大都市・池袋に多大な期待を抱いた。この華やかな町の住人になれれば、何かが変わると。しかし結果として帝人の暮らしは寂しくなる一方で、泣き出しそうになるほどの孤独と不安に襲われる夜が増えていった。
だが一人きりで過ごす夜や持て余す余暇を、臨也が埋めていってくれたのだ。
臨也は連絡もなしに突然訪れては不敵な笑みを浮かべ許可もなく上がりこみ、他愛も無い話をして去っていくだけだった。しかし情報屋として成功し莫大な富を築いている臨也は話術が巧みであるため、彼と交わす会話は楽しかった。
時折帝人に対するからかいやセクハラ紛いの発言もあったが、それに噛み付くのもまた楽しくて、臨也に関心を集めるようになり自然と彼の訪問を待つようになった。
やがて池袋や新宿で待ち合わせをして会うようになり、ショッピングや映画に食事へ連れて行ってくれるようになる。
費用を全額負担されてしまうことが申し訳ないと思い何度断っても強引に決めてしまう臨也に反発して見せたが、内心では嬉しかった。自分の事をこんなに気にして世話を焼いてくれる人が、この町に居るなんてと。
そしてある日、学校帰りに臨也と新宿で待ち合わせ(不慣れな町並みのせいで迷子になり、彼に救助される羽目になったが)映画を鑑賞した、帰り道のこと。今話題のラブロマンスを盛大に扱き下ろしていた臨也が唐突に――ぼそりと呟いた。
「まるで…デート、みたいだね」
臨也は何もかもを見透かしたような鋭い紅茶色の双眸を心持ち穏やかに細め優美に笑み、艶めいたテノールに優しさを溶かし込んだ声音で帝人にそう、囁きかけたのだ。
「え…」
あまりにも甘美な眼差しとその声に顔中が熱くなり、胸がきゅんと痛むのを実感した。つい一ヶ月ほど前の自分だったら「男同士なのにキモイです冗談止めてください」と一蹴できていたというのに。
一体自分は、どうしたんだ。どうしてこんなにも――胸がドキドキとして、全身を熱くさせているんだ?と混乱を極める。
真っ白になってしまった思考のせいで呆然としてしまい何も言い出せずに居た帝人は、すれ違うサラリーマンに肩をぶつけられた事でよろめいてしまう。
すると隣を歩く臨也が「大丈夫かい?」とごく自然な動作で肩を抱き寄せてきた。
ふいに肩へ置かれた手の重みを感じると同時に、綺麗に伸びた彼の指先を視界に捉えれば恋人同士のように寄添っている光景が頭を過ぎりバクバクと心臓が騒ぎ出す。いつもだったら臨也の手をぺしんと叩き「セクハラしないでください」とあっさり引き剥がしているというのに、やっぱり何も出来なくて。
呼吸さえも止まってしまいそうなほどの緊張に包まれた帝人は、ただひたすら顔を熱くさせ下を向きながら、華やかな新宿の街を臨也と歩き続けていた。
そのまま臨也に自宅前まで送って貰った帝人は逡巡の後に、自覚する。彼のことが特別な意味で好きなのだと。認めると同時に全身を支配していくのは今まで経験したことがない程の甘い痛みだった。キュンキュンだとか、ドキドキだとか。少女漫画の表現にあるような甘い感覚を感じて、さっと頬を熱くさせあまりの気恥ずかしさに枕に顔を埋め小さく身悶える。
(でも折原さんが僕なんて…相手にしてくれるわけ、無いよね)
ふとそんな考えが浮かんでしまえば、絶望感さえ漂う切ない痛みが心を苛んでいく。
自分のようなつまらない一介の男子高校生を、洗練された都会を連想させる美しい大人の彼が相手にしてくれるはずがない。同姓を相手にしなくたって、彼を求める女性など後を絶たないだろう。
突然抱え込む羽目になったつらい恋心のせいで不安で胸を一杯に埋めてしまい、その日は明け方になるまで眠れなかった。
そして臨也に対する恋心は膨大に膨れ上がり、自分でもどうしようもないほど彼の存在が大きくなっていった。
胸を埋めていく甘美な恋心にはほろ苦い切なさが滲み、叶う筈がない初めての恋に苦しむ日々を送る内――臨也の顔を見るのも辛くなっていった。
会いたくてたまらない愛しい人なのに、会えば持て余す感情を押さえ込むのが辛くてたまらない。
一日も早く彼を諦める事がベストだと判っているのに、器用にそう割り切る事も出来なくて。
臨也に会う度ぎこちない態度を取るばかりで、稀に「俺さぁ、帝人君に何か嫌な事でもした?」と怪訝な視線を向けられた事もあった。
その度になんとか上手く誤魔化してきたけれど、そろそろ堪えられないかも知れないと思った――矢先。
その日は土曜の夜で、臨也に誘い出され新宿まで赴いた。
もぞもぞと身じろぎをして寝返りを打った帝人は、凛として凍て付く冬の冷気に包まれた我が家に溜息を浮かび上がらせていた。
築半世紀越え程度に古い家屋は何処からか隙間風が吹きこんでくるせいで寒くてたまらない空間であるが、節約を心がけている帝人は電気料金を意識し暖房器具は極力使わないようにしている。その為この布団だけが、唯一身体を温める手段だった。
掛け布団を身体に巻きつけ、暖を取りながら。睡魔が導く心地よい眠りへの誘いを待ったが、眠気は一向に訪れない。
むしろ時間の経過と共に焦燥を募らせ神経が張り詰めていくばかりで、目が覚めていく一方だった。
眠ろうと思えば思うほど、眠れない。と認識をしてしまう。いっそ寝ることを諦めてネットでも楽しもうかと思ったが、そんな気分にもなれない。帝人は布団の中で身体を抱えながら、ゆっくりと流れているような気さえする時間と、言いようの無い不安感を持て余すばかりだった。
帝人が精神不安に陥っている原因は、現在手にしている液晶ディスプレイに表示されたアドレス帳の人物・折原臨也である。
***
臨也は新宿を拠点とする情報屋で、親友から絶対に近づいてはいけない存在だと忠告をされた男だ。
実は上京する前からネットを通じて縁のある人物だったのだが、池袋に住むようになってから彼と係わる機会が何故か増えて行き、その中で彼はまさしく悪逆無道と呼べる人間であると、理解した。
人間を愛するという独自の美学を持つ反面で義理人情など欠片も持ち合わせず、例えば自殺しようとする人間が居たら笑顔を浮かべながら静観し、自殺志願者がビルから飛び降りる様を楽しむような人間である。更に付け加えるなら、件の自殺志願者をそこまで追い詰める事までも平然とやってのけるのだ。
はっきり言って悪人の類に分類される男だが――何故か彼は帝人に対し、優しかった。
臨也は初め、架空のカラーギャング・ダラーズの創始者である帝人に興味があると接近してきた。
傍若無人に振舞う臨也に初めは不快感を覚えていたが、一人寂しく過ごす時間を埋めていってくれたのは臨也だった。
池袋に上京したら充実した日々を過ごそうと期待に胸膨らませていた帝人だったが、内気で消極的だったせいでごく僅かな友人としか交流が出来なかった。それに故郷を離れ一人暮らしをしているため、家に帰れば一人きりである。一人の時間が増えていくのは、当然の事だった。
実家に居た時も自分の部屋に引きこもりがちだったが、家の中に誰かが居ると思うだけで心細さが違う。
上京したことを後悔しているかと聞かれれば、答えはノーだ。
閉鎖的な田舎暮らしに辟易していた帝人は、あらゆる人種が集う大都市・池袋に多大な期待を抱いた。この華やかな町の住人になれれば、何かが変わると。しかし結果として帝人の暮らしは寂しくなる一方で、泣き出しそうになるほどの孤独と不安に襲われる夜が増えていった。
だが一人きりで過ごす夜や持て余す余暇を、臨也が埋めていってくれたのだ。
臨也は連絡もなしに突然訪れては不敵な笑みを浮かべ許可もなく上がりこみ、他愛も無い話をして去っていくだけだった。しかし情報屋として成功し莫大な富を築いている臨也は話術が巧みであるため、彼と交わす会話は楽しかった。
時折帝人に対するからかいやセクハラ紛いの発言もあったが、それに噛み付くのもまた楽しくて、臨也に関心を集めるようになり自然と彼の訪問を待つようになった。
やがて池袋や新宿で待ち合わせをして会うようになり、ショッピングや映画に食事へ連れて行ってくれるようになる。
費用を全額負担されてしまうことが申し訳ないと思い何度断っても強引に決めてしまう臨也に反発して見せたが、内心では嬉しかった。自分の事をこんなに気にして世話を焼いてくれる人が、この町に居るなんてと。
そしてある日、学校帰りに臨也と新宿で待ち合わせ(不慣れな町並みのせいで迷子になり、彼に救助される羽目になったが)映画を鑑賞した、帰り道のこと。今話題のラブロマンスを盛大に扱き下ろしていた臨也が唐突に――ぼそりと呟いた。
「まるで…デート、みたいだね」
臨也は何もかもを見透かしたような鋭い紅茶色の双眸を心持ち穏やかに細め優美に笑み、艶めいたテノールに優しさを溶かし込んだ声音で帝人にそう、囁きかけたのだ。
「え…」
あまりにも甘美な眼差しとその声に顔中が熱くなり、胸がきゅんと痛むのを実感した。つい一ヶ月ほど前の自分だったら「男同士なのにキモイです冗談止めてください」と一蹴できていたというのに。
一体自分は、どうしたんだ。どうしてこんなにも――胸がドキドキとして、全身を熱くさせているんだ?と混乱を極める。
真っ白になってしまった思考のせいで呆然としてしまい何も言い出せずに居た帝人は、すれ違うサラリーマンに肩をぶつけられた事でよろめいてしまう。
すると隣を歩く臨也が「大丈夫かい?」とごく自然な動作で肩を抱き寄せてきた。
ふいに肩へ置かれた手の重みを感じると同時に、綺麗に伸びた彼の指先を視界に捉えれば恋人同士のように寄添っている光景が頭を過ぎりバクバクと心臓が騒ぎ出す。いつもだったら臨也の手をぺしんと叩き「セクハラしないでください」とあっさり引き剥がしているというのに、やっぱり何も出来なくて。
呼吸さえも止まってしまいそうなほどの緊張に包まれた帝人は、ただひたすら顔を熱くさせ下を向きながら、華やかな新宿の街を臨也と歩き続けていた。
そのまま臨也に自宅前まで送って貰った帝人は逡巡の後に、自覚する。彼のことが特別な意味で好きなのだと。認めると同時に全身を支配していくのは今まで経験したことがない程の甘い痛みだった。キュンキュンだとか、ドキドキだとか。少女漫画の表現にあるような甘い感覚を感じて、さっと頬を熱くさせあまりの気恥ずかしさに枕に顔を埋め小さく身悶える。
(でも折原さんが僕なんて…相手にしてくれるわけ、無いよね)
ふとそんな考えが浮かんでしまえば、絶望感さえ漂う切ない痛みが心を苛んでいく。
自分のようなつまらない一介の男子高校生を、洗練された都会を連想させる美しい大人の彼が相手にしてくれるはずがない。同姓を相手にしなくたって、彼を求める女性など後を絶たないだろう。
突然抱え込む羽目になったつらい恋心のせいで不安で胸を一杯に埋めてしまい、その日は明け方になるまで眠れなかった。
そして臨也に対する恋心は膨大に膨れ上がり、自分でもどうしようもないほど彼の存在が大きくなっていった。
胸を埋めていく甘美な恋心にはほろ苦い切なさが滲み、叶う筈がない初めての恋に苦しむ日々を送る内――臨也の顔を見るのも辛くなっていった。
会いたくてたまらない愛しい人なのに、会えば持て余す感情を押さえ込むのが辛くてたまらない。
一日も早く彼を諦める事がベストだと判っているのに、器用にそう割り切る事も出来なくて。
臨也に会う度ぎこちない態度を取るばかりで、稀に「俺さぁ、帝人君に何か嫌な事でもした?」と怪訝な視線を向けられた事もあった。
その度になんとか上手く誤魔化してきたけれど、そろそろ堪えられないかも知れないと思った――矢先。
その日は土曜の夜で、臨也に誘い出され新宿まで赴いた。
作品名:【臨帝】会えない日には/帝人視点【腐向】 作家名:かいり